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人類の歴史とはある意味、地球の環境をひたすら変えてきた歴史ともいえます。
自然環境を利用して巣をつくるような生物はいるけれども、
コンクリートなどを使った人工的な生態系をつくりだしたのは人間だけです。
地球の46億年にも及ぶ歴史のなかで、
わずか20万年前に誕生したホモ・サピエンスだけが、
なぜそのような能力を身につけられたのでしょうか。
地球上の他の生物と比べて、人類はどこが・どのように強くなったのか。
人類の歴史を振り返りながら、人の強さの本質を考えてみます。

人はどうやって生き延びてきたのか

人は、類人猿に属するヒト科の1種です。同じヒト科には他にチンパンジー、ゴリラ、オラウータンが属しています。遺伝学的にはチンパンジーが、人に1番近い。けれども、人とチンパンジーの生き方はまったく異なります。最初の人類となる原人がチンパンジーと分かれたのは、約600万年前といわれています。それ以降、人はチンパンジーはもとより、他の動物たちとまったく異なる進化を経て、地球での今の暮らし方を手に入れました。なぜ、人だけが他の生き物とは、まったく違う暮らし方をできるようになったのでしょうか。

霊長類では人類だけが直立二足歩行

この間、カホにドクターケイが教えてくれた人類の歴史、あれを聞いていて改めて思ったんだけれど、結局、霊長類の中で2本足で歩き回るのは人類だけ。この二足歩行こそが、人間と他の動物たちの間に一線を画す、決定的なカギになったんじゃないだろうか。

それは間違いないだろうな。ただ、二足歩行するいわゆる人類は、私たちの他にも実は26種類いたらしい(『人類進化700万年の物語』チップ・ウォルター・青土社、P11)。

それはホモ・サピエンス以外の人類ということですか?

そうだ。ただ残りの26種類は、さまざまな要因により絶滅したようだ。

(※:引用元注記)phylogeny of the Homo genus, based on Stringer, C. (2012). “What makes a modern human”. Nature 485 (7396): 33–35. doi:10.1038/485033a, with modifications.

 

代表的なホモ属の人類
(原人)ホモ、ハビリス、ホモ・エレクトス、ホモ・プロレシエンス、ホモ・ルゾネンシス、

ホモ・ルドルフェンシス、ホモ・エルガスターなど

(旧人)ホモ・ハイデルベルゲンシス、ホモ・ネアンデルターレンシス

(新人)ホモ・サピエンス

 

(『人間の本質に迫る科学』井原泰雄・梅崎昌裕・米田穣編/東京大学出版会、P47)

 

そういえば10年ほど前にアジアではデニソワ人と呼ばれる人類も見つかっていますね。

https://www.nature.com/articles/nature08976

現在の人類、つまり新人に属するホモ・サピエンスの起源については、ミトコンドリア・イブの話が有名だけれど、ミトコンドリアには父親由来のDNAも遺伝していたという論文が出されていた。もとより今の人類は、確かにミトコンドリア・イブの遺伝子を受け継いではいるけれども、人類がその女性から始まったわけではないからね。

https://www.pnas.org/content/115/51/13039

過去を考えるときに注意しなければならないのは、私たちが残された化石だけを手がかりに推測しがちなことですね。過去のすべてが化石として残されているわけではなく、当然化石として残されていない過去も膨大にある。今ではDNA解析によって明らかになることも増えていますが、化石の制約条件はいつも頭にとどめておく必要があると思います。

ともかく400万年ぐらい前に類人猿の一部が、熱帯のジャングルからサバンナに移って生活するようになった。この猿人たちは四足の拳歩きをやめて、2本足で歩くようになった。これが今につながる原点であるのは、たぶん間違いないだろうな。

確かに私たちは“歩く”のがあまりに当たり前過ぎで、他の動き方を考えられませんよね。でも、中学生の頃に体育で四足歩きをやったときに、なんて動きにくいんだろうって感じたのを思い出しました。

もちろん4本足で歩いている動物たちからすれば、“動きにくい”などとは決して感じていないはずだ。ただし、霊長類の中で2本足で歩く生き物は、この地球上では人間だけ。これは人間が強くなる上で、決定的に重要な要因だったと思う。

ただ、どうして人だけが二足歩行するようになったのか、その要因についてはまだ結論は出ていないようだね。二足歩行なら四足歩行する動物と比べて、太陽熱の吸収量が少なくなり、日差しの強い時間帯でも長く活動できる。だから樹木の少ないサバンナでの生存には有利だったという説がある。けれども、二足歩行を始めたころの初期人類は、森林に暮らしていたようだから、この説も決定的とはいえない。

理由はともかく、二足歩行により食料を運ぶために手を使えるようになった。これは人にメリットをもたらしたんじゃないでしょうか。

デニソワ人について
ミトコンドリア・イブについて

人類に起こった突然変異

二足歩行はいくつかのメリットを、人類にもたらしてくれた。さっきのアイコさんの話にあったように、チンパンジーたちの拳歩きは効率が悪い。拳をついて歩くチンパンジーは、二足歩行する人間と比べると、かなり余分にエネルギーを使っているらしい。人間の歩行は、チンパンジーの二足歩行と四足歩行のいずれと比べても、移動コストは4分の1ぐらいに抑えられていると、2007年の論文で報告されている。

https://www.pnas.org/content/104/30/12265

未だに理由は確定されていないが、ともかく脳の比重が大きくなったことも、人が生き残るために重要な条件だったはずだ。

2018年には、脳内の神経細胞の数を増やす遺伝子「NOTCH2NL」が特定され、この遺伝子を持つのは人間だけだという論文も出ていましたね。

https://www.cell.com/fulltext/S0092-8674(18)30383-0

さらに二足歩行するようになって、体の形が変わったよね。私は、この体型の変化こそが人類を強くしたカギじゃないかと思っているんだけれど。

二足歩行がもたらした体型変化ですか。

そう、骨盤の変化が産道の変化につながった。具体的にいえば、直立して歩くようになり腰が細くなった。すると当然、産道が細くなり、産道が細くなると新生児が母親の体の外に出ていきにくくなるでしょう。

十月十日というけれど、子宮の中で胎児を大きくすると、産むのにものすごく苦労するわけですからね。

確かに他の動物たちと比べてみると、人間の新生児の成熟度は劣っているほうだろうな。もし、ゴリラの新生児並みに肉体的に成熟して生まれてくるのであれば、子宮の中で20カ月ぐらい過ごす必要があるようだ(『人類進化700万年の歴史』チップ・ウォルター、青土社、P47)。ところが子宮内にいるのはその半分、つまり未成熟なままで生まれてくるから、一人前になるまでに時間がかかるわけだ。

長い時間をかけて子育てする結果、人は他の動物たちと一線を画す存在になったと考えられるんじゃないか。

もう1つ、人では視覚に関する突然変異が起こり三原色を識別する機能を持つようになった。正確には1度、赤の色覚を捨てた後に、進化の過程で緑のオプシンを利用して、赤の色覚を取得している。これも人の生き残りには好条件となったはずだ。

https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/0748730421999870

赤と緑を区別できれば、葉っぱと果物を見分けられますよね。それって食べものを手に入れるのに、とっても有利になったでしょうね。

三原色を識別する機能について

生食から調理食へ、巣から家へ

アツモン確かに食べものも、人がほかの生き物たちとは一線を画すようになった原因の一つだろうね。

最初は主に果実類を食べていたんですよね。新鮮な果実、もぎたてのくだものって、きっとおいしかったんだろうなあ。

ただし、人間を襲ってくる動物たちがたくさんいる中で、食べものを探して手に入れるのは、それほど簡単な作業ではなかったはずだ。ましてやサバンナには、樹木はそれほど多くないわけだから。

もしかしたら、1日中食べものを探し回っていたとか。

その可能性もあるだろうな。

ただ、その問題も脳が解決してくれたんじゃないだろうか。時間を節約するためには、何を食べればよいのかと考えるようになっただろうし、いろいろ試すようにもなったはずだよ。

そして約200万年前の原人たちの頃から肉食が始まったわけですね。

おそらくね。肉は基本的に、木の実などと比べてタンパク質が豊富だからね。

でも、最初は生肉を食べていたわけでしょう。それって、もちろん今の“牛刺し”のようなものではなかっただろうし、もちろん調味料もないわけで、そんな生肉っておいしかったのかな。

味はともかく、生肉の消化効率は良くない。そこで、次に発見したのが、火というわけだ。イスラエルの約75万年前の遺跡では、火打ち石が発見されている。火で焼いた肉は、食べやすくなり消化も良くなる。

火を使っていた遺跡は散発的に見つかっているが、ほぼ40万年ぐらい前になると、アフリカ、ヨーロッパ、アジアで火を使った証拠が見つかっている。おそらくその頃から、人は洞窟などで定住するようになった。洞窟で暮らして、火を絶やさないようにするには、何人かが共同で作業する必要が出てくる。

体の大きさと脳の大きさのバランスで考えると、人の脳は非常に大きい。大きな脳を維持するためには、多くのエネルギーが必要になっただろう。そこで同じ量であればカロリー量の多い肉を食べるようになったんじゃないか。そして生肉よりも消化しやすくなるよう火で焼くようになった。火の使用は定住につながっただろうし、定住は人々の共同作業を必要とし、コミュニケーションを円滑にするために、さらに脳が発達した。こんなサイクルがぐるぐると回り始めて、人はどんどん強くなっていったんだろうね。

 

地球上の生き物で最長の子育て時間

アツモンが教えてくれた、産道が狭くなった話。これも人が強くなった原因なのかもしれない。

生まれてすぐの赤ちゃんって、何ともいえないぐらいかわいいんだけれど、考えてみれば成人と赤ちゃんはあらゆる点でかけ離れていますね。これって人間だけの特徴じゃないでしょうか。

ゴリラの赤ちゃんは、生まれたときから大人のゴリラのように動ける。体の大きさは違っても、体の構成や動きは大人のゴリラと変わらない。いってみればミニゴリラだよね。仮にゴリラの子どもぐらいの成熟度で、人の赤ちゃんが生まれてくるためには、胎内でもっと長い期間を過ごす必要があると思うよ。

そんなことになったら、妊婦さんは大変だろうし、そもそも赤ちゃんが大きくなりすぎるから外に出せなくなるでしょうね。なるほど十月十日という妊娠期間には、それなりの理由があるわけですね。

ともかく人の赤ちゃんの脳は、大人の2割ほどの重さしかない。これに対してサルだと大人の7割ぐらいの脳を持って生まれてくる。この生まれたときの脳の大きさと、それから後の成長ぶりも、人が強くなるのに重要な役割を果たしているはずだ。

生まれたての赤ちゃんは、無防備で弱々しい存在ですからね。仰向けになって寝ているだけで、自分では何もできない。母親をはじめとして、まわりにいる人が、それこそ1日中面倒を見てあげて、初めてすくすくと育っていきますよね。

それぐらい未成熟な状態で生まれてくる、そして生まれてからもすごい勢いで成熟を続けるわけでしょう。3歳ぐらいまでの間に、脳の大きさは3倍ぐらいになるからね。

ただし、3歳といってもまだほとんど成熟していないから、親が世話をしてあげなければならない。おそらくは子どもの世話を通じて、両親の関係が深まり、それは共同生活をする他の人たちとの関係性にも影響したのだろう。

おばあさん仮説といって、出産年齢を終えた祖母が孫世代の面倒を見ていたという考え方もある。いずれにしても子育ては、グループ内での共同作業の要素もあったはずだ。そこではコミュニケーションが育まれ、人にとっての最強の道具ともいえる言葉が生まれた。

そして子どもが、自然に言葉を身につける環境が用意されていった。おそらくは600万年ぐらい前にいた類人猿に、何らかの突然変異が起こって後ろ足だけで立ち上がるようになった。そして脳が大きくなっていき、手を使えるようにもなって今の人類に至っている。そういうことなのでしょうね。

 

約700万年前:チンパンジーとの共通の祖先から初期猿人がわかれて、直立二足歩行を始めた。

約400万年前:猿人たちが森林から草原に出ていくようになった。

約200万年前:ホモ属の原人がアフリカで誕生する。

約60万年前:旧人が誕生し、脳が大きくなっていく。

約20万年前:今の人につながるホモ・サピエンスがアフリカで誕生する。

 

ハヤモンの心の中にわいた疑問

“突然変異でヒトは立ち上がるようになった。それはわかるのだけれど、では、なぜ他の類人猿には突然変異がおこらなかったのだろうか。また、ヒトだけが頭が大きくなり、さらに複雑な脳を持つようになった理由は、一体何なのだろう”

 

 

 

用語集

デニソワ人

ロシア・アルタイ地方のデニソワ洞窟で見つかったヒト属の人類。約4万1000年前に住んでいたと推定される。ネアンデルタール人と並び、ホモ・サピエンスと遺伝的に非常に近いとされる。

 

ミトコンドリア・イブ

全人類共通の先祖と仮想された女性。ミトコンドリア内の遺伝子の塩基配列を比較検討した結果、アフリカ人種が全人類の共通の祖先で、およそ20万年前に各人種への分岐が行われたらしいことが判明した。その20万年前に分岐の地点にいた女性が「ミトコンドリア・イブ」と呼ばれる。在の人類はミトコンドリアイブの遺伝子を受け継いではいるが、人類がその女性から始まったわけではない。ミトコンドリアイブの同時代には、他にも多くの女性が存在し、その1部の遺伝子は、途中で男系子孫を介しながら、現在まで受け継がれている。

 

三原色を識別する機能

正確には1度赤を捨てた後に、進化の過程でもう一度緑のオプシンを利用して、赤を取得しています。象などは緑が見えてない。

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