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人類の歴史とはある意味、地球の環境をひたすら変えてきた歴史ともいえます。
自然環境を利用して巣をつくるような生物はいるけれども、
コンクリートなどを使った人工的な生態系をつくりだしたのは人間だけです。
地球の46億年にも及ぶ歴史のなかで、
わずか20万年前に誕生したホモ・サピエンスだけが、
なぜそのような能力を身につけられたのでしょうか。
地球上の他の生物と比べて、人類はどこが・どのように強くなったのか。
人類の歴史を振り返りながら、人の強さの本質を考えてみます。

人はみんなで強くなった

人だけが死を意識するようになり、自分の寿命について考えるようになった。だから、人類は寿命を伸ばすための技術、医学を発展させてきました。医学に限らず人は、さまざまな学問を過去から受け継ぎ、さらに発展させています。その際に決定的な役割を果たしてきたのが、言葉によるコミュニケーションです。そもそも、なぜコミュニケーションが生まれたのでしょうか。その理由は人と人が一緒に暮らすからでしょう。そのコミュニケーションの精度を高める道具が文字です。コミュニティをつくり、コミュニケーションを活発に行い、文字によって過去の知識を未来へと受け継いでいくことで、人は地上最強の生き物となったのです。

コミュニティで強くなったホモ・サピエンス

 

ネアンデルタール人と人(ホモ・サピエンス)は何万年かの間、地球上で共存していた。しかも体型でみれば、ネアンデルタール人は、とても筋肉質だったようだ。けれども結局は人だけが生き残って今に至っている。その理由はよくわかっていないという話だったけれど、おそらくは人のほうが何らかの点で、ネアンデルタール人たちよりも強くなったからじゃないだろうか。

https://www.researchgate.net/publication/329811193_Palaeoecological_and_genetic_evidence_for_Neanderthal_power_locomotion_as_an_adaptation_to_a_woodland_environment

問題は、その“強さ”をどう定義するかだな。遺跡から発掘された石器をはじめとするさまざまな道具類、衣服などから推測すると、人は、ネアンデルタール人にはない、いろいろな“技術”を身につけていたようだ。その一つの証となるのが、人が進出した各大陸での野生動物の絶滅状況だろう。

それって、もちろん最近の話ではないし、いわゆる四大文明が発達した時代よりもずっと昔のことですよね?

もちろんだ。化石を調べた結果、恐るべき事実が明らかになっているよ。かつては北米にもゾウやラクダ、ライオンなどが暮らしていたらしい。けれどもそれら動物たちは、1万2000年前までにみんな姿を消している。そして、ホモ・サピエンスがベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に渡ったのが、ちょうど1万4000年ぐらい前だ。

するとアメリカでは2000年ぐらいの間に、人が多くの動物を捕り尽くしてしまった可能性があるわけですね。

その原動力と考えられているのが、人のコミュニティというわけだ。ホモ・サピエンスは道具などをつくる技術を共有し、コミュニティ内でのネットワークを発達させていった。個人的な推測だけれど、こうしたコミュニティを形成する力に関して、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人には大きな差があったんじゃないだろうか。

ただ、これは私の個人的な推測だけれど、人がネアンデルタール人と直接戦ってやっつけりしたわけではないと思うよ。武器を使った戦いが始まったのは、おそらく1万年ぐらい前のことだとされているからね。

毎日、家族が一緒に食事をする意味

 

人だけの特徴といえば、家族だな。霊長類の中で家族という社会形態を持つのは、コモンマーモセットやタマリン、人間などがあげられる。文化人類学者の今西錦司はかつて、人間の家族として認める最小限度の条件として、次の4つを定めている。それらはインセスト・タブーつまり近親婚の禁忌、外婚制、近隣関係の存在、配偶者間の分業だ。なかでも特徴的なのが、近隣関係の存在、つまり単体ではなく複数の家族が集って共同体をつくることじゃないか。

家族とは、一緒に食事をするメンバーでもあるわけですよね。そもそも人間のような家族をつくる生き物は霊長類にはほとんどいなくて、なかでも人だけが、家族がいくつか集まって共同体をつくるということですか。

コモンマーモセットも家族はつくるが、複数の家族による共同体はつくらない。共同体を中心として、食べものを共同で採集して分け合って食べるのは人間だけだ。この共同採集と分かち合いも、おそらくは原人たちが直立二足歩行するようになったから始まったんだろう。

つまり手を使って、食べものを運べるようになったわけだね。どこに運ぶのかといえば、家族や仲間が待っているところ。そして持ち帰った食べものを、みんなで分けて食べるようになった。食べものを共同で分け合って食べるのだから、自然な流れとして子育ても共同で行うようになったんだろう。何しろ、未成熟な状態で生まれてくる、人間の子どもを育てるのは大変な作業だからね。

でも、食べものを採ってくる人がいて、これはたぶん男性の役割なんでしょうけれど、一方では、男性が採ってきてくれる食べものを待っている女性がいるわけですよね。もし私が待つ方だったら、ちょっと心配になるけれど…。

どういうことかな?

だって、採った食べものを全部持って帰ってくれているのかどうかなんて、わからないじゃないですか。途中でズルして食べたりするかもしれないし。

確かにありうるね。でも、そこは逆に考えてみたらどうかな。もし、食べものを運んでくれる人を信用できなかったら、一緒に暮らしてなんていけないんじゃないかな。信用できない人がいるコミュニティでは、子育ても安心してできないと思うよ。

 

コモンマーモセット
タマリンについて

人と人をつなぐことばと文字

 

人が人を信用するためにつくられた道具が、ことばだったんだろう。ことばも、直立二足歩行するようになったからこそ、人が手に入れることのできたツールだし、もしかするとことばこそが最強のツールといってもいいのかもしれない。

直立するようになったから喉頭の位置が下がった、これにより声道が広がった。その結果として、空気を声帯を通して発声できるようになり、母音と子音を組み合わせて複雑な発声をできるようになった。ちなみにネアンデルタール人もことばを話していた可能性はあるが、頭骨の化石の分析結果から、人のような複雑な発声はできなかったようだ。

やっぱりそうなんだよね。つまり込み入った話をできるからこそ、人は人を信用できるようになり、共同体の絆も深まっていったんだよ。

ちなみに人がことばを話すようになったのは、7万年前ぐらいとされている。

ことばを話すようになると、当然それにつれて脳も変化、いや進化していったんでしょうね。

なにより想像力が発達していったんじゃないか。例えば食べものを取りに行った人が、どこかで何かを見たとする。それを帰ってきてことばにして伝えると、伝えられた方は自分の記憶を頼りながら「それは、こんなものだったのかな」と想像するだろうから。そして想像力が刺激されて発達していくと、脳全体の能力が高まるようなポジティブフィードバックが生まれたんだろう。

そして文字が生まれた。

これまでに確認されている最古の文字は、メソポタミア地方で使われるようになった楔形文字だね。最古の出土品は紀元前3400年まで遡ることができるようだ。この楔形文字の原型は、トークンと呼ばれる、個数を数えて記録するための粘土製の小さな玉らしい。要するに最初は、数を記録するための道具だったわけだ。文字については、日本でも縄文時代には「ヲシテ文字」が使われていたという説もあるようだよ。もちろんこれまでに見つかっていないだけで、もっと古い時代から世界のどこかで、文字が使われていた可能性もあるだろうね。

ただメソポタミアでなぜ、数を記録する必要があったのかと考えれば、何かを分配するためだったんじゃないか。そして数を記録できるのなら、何の数を記録するのかもわかれば、より便利だ。そんな流れで絵文字ができたのだろう。

食べものを平等に分けるためには、きちんと記録しておく必要がありますもんね。

絵文字といえばエジプトのヒエログラフもあるし、漢字の中にも絵文字の考え方から生まれたものがある。そこで考えるべきは、なぜ文字が必要となったのか。あるいは文字を使って、人は何をしようと考えたのかだ。

 

楔形文字について
ヒエログリフについて

 

そして独自の存在となった人類

 

文字の発達の前段階として考えるべきは、共同体からより大きな社会組織への変化だろう。その引き金となったのが、おそらくは農耕だ。農耕が始まったのは、今から1万年ぐらい前だと推定されている。農耕は世界各地で起こり、気候などの条件に応じて独自に発達した。

日本で農耕生活が始まったのは、紀元前5世紀の縄文時代ぐらいかららしいですね。それでもし「ヲシテ文字」も縄文時代から使っていたのだとすれば、日本での文字の発達の仕方は、世界的にも異例なのかも。

ともあれ農耕によって苦労して育てた食べものを分配するためには、まず正確な量を記録する必要があったんだろうね。今年の収穫量などを文字として記録しておけば、来年の収穫時に1年の違いなどが明らかになるだろうし。

定住し農業によって食料生産するようになると、共同生活の規模が大きくなる。そんな中で次は分業が始まったんだろう。つまり食料生産に携わる人、食料生産以外の仕事に携わる人に共同体が分かれていく。

集団が生まれると、その中でリーダーが出てくるのは、自然な流れなんだろうな。

強い人と弱い人とか、食料をたくさん持っている人とそうではない人といった感じで、グループ分けが始まったんでしょうね。

グループのリーダーは他の人にいうことを聞いてもらわなければならない。そこでも必要となるのがことばだ。そして、ことばで伝えた内容を記録しておく必要があり、文字が生まれたのだろう。

この段階まで到達すると、おそらく人は地球上で最強と呼べるような存在になっているね。ただ、そこから今度は何とも悲しい話が始まる。ある程度の人数が集まってグループができると、争いがうまれたんだろうね。

リーダー、いわゆる首長が率いる数千人規模の社会は、紀元前5000年ぐらいの西南アジアに生まれたらしい。世界で最初とされる楔形文字が、生まれたのもこの地域だ。そして彼らは石器や弓矢などの武器を持っていた。

それらはもともと狩猟に使う武器だったのでしょう、その武器を人を相手にも使うようになったのでしょうね。ことばを持ち、脳が発達した人だからこそできるようになったことなんでしょうけれど、私はポジティブに評価できないな。

やがて集団は自己増殖して大きくなっていき、社会が階級によって構成される国が生まれた。黄河文明、インダス文明、メソポタミア文明、エジプト文明のいずれもが、大河の近くに誕生したのは、農作業に必要な水があったからだね。

そのあとに何が起こったのかは、歴史が教えてくれるところで、たしかに人は地球で最強の存在になったとはいえるんだろう。それも地球の46億年の歴史のなかで、私たちに直接つながるホモ・サピエンスが誕生したのはわずかに20万年前のことだ。

地球の長い歴史と比べれば、私たち人類が活躍し始めたのって、まだほんの一瞬にしかすぎないわけでしょう。それでここまで強くなっている。もちろん、いろいろ問題はあるのだろうけれど、人類が秘めている可能性のすごさ、そこから開ける未来に私は期待しますね。

 

ハヤモンの心の中にわいた疑問

“確かに人の体は、言葉を発声するのに有利な形態に進化した。けれども、なぜ他の霊長類は、言葉を使えるようにならなかったのだろうか。また、幼児は生まれてから、言葉をどのように習得していくのだろうか”

 

 

<用語集>

コモンマーモセット

霊長目マーモセット科に属する新世界ザルの1種。マウスよりも人間に近い実験動物として利用されている。ブラジルの北東沿岸部が原産地とされる。

 

タマリン

霊長目広鼻猿類オマキザル科に属する新世界ザルの1種。中央アメリカ南部から南アメリカ、コロンビア北西部、アマゾン盆地、ギアナ地方に分布している。

 

楔形文字

メソポタミア文明で使用されていた古代文字。最古の出土品は、紀元前3400年前まで遡ることができる。

 

ヒエログリフ

古代エジプトで使われていた文字の1種。エジプトの遺跡に多く記されている。19世紀にフランス人のシャンポリオンが解読した。

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