酸素なしの世界だった原始の地球
まず生命が存在できる環境じゃなかったのは間違いないね。何しろ温度は1,000℃以上だったと考えられているから。もちろん大気の組成も、今の地球とはまったく違う。原初の大気に含まれていたのは、水蒸気やCO2(二酸化炭素)、SO2(二酸化硫黄)が大部分で、微量のCO(一酸化炭素)、N2(窒素)、NH3(アンモニア)、HCl(塩化水素)、CH4(メタン)なども含まれていたらしい。
ちょっと待って!ということは酸素、つまりO2(酸素)はなかった?
そのとおり。だから仮に今後タイムマシンが発明されたとしても、40億年ぐらい前の地球には戻らないほうがいい。どうしても行きたいなら、酸素ボンベを必ず持っていかなきだめだな。じゃないとタイムマシンから降りた瞬間に、気を失い、そのまま死んでしまうぞ。
生命が誕生したのは約38億年前とされてるけれど、この時期に酸素はあったのだろうか。
いや、まだなかったはずだよ。当時の地球は、海ができていたので誕生時ほど灼熱の世界ではなかっただろうけれど、まだまだ熱かったはずだ。高温で酸素のない地球に最初に出現した生き物は嫌気性生物だろう。増殖に酸素を必要としない単細胞生物、細菌類が地球に最初に誕生したわけだ。
※38億年前の地球は、自転速度が今より速く1日の長さが10時間に満たなかった。今とは大気が違ったため太陽もはるかに遠くに見え、空はおそらくオレンジや赤レンガ色だったと思われる(『生物はなぜ誕生したのか』ピーター・ウィード/ジョゼフ・カーシュヴィンク・河出書房出版社、P29)
※出典:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/092600416/
“40億年ぐらい前の地球は、赤色に描かれること多いけれど、それって本当なのか?”
“いま海の色は青いけれど、その頃の海の色はどうだったんだ?”
地球上の全生物は大きく3つの系統、細菌、古細菌、真核生物に分けられる。そのうちの細菌と古細菌は原核生物と呼ばれる。原核生物と真核生物との大きな違いは細胞核の有無にある。真核生物には細胞核があり、細菌や古細菌には細胞核はない。さらに細菌や古細菌が単細胞であるのに対して、多細胞生物のほとんどが真核生物だ。そういえば2020年に入って真核生物誕生の鍵を握る微生物の培養に成功したというニュースが出ていたな。
(https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20200116/pr20200116.html)
ともかく、太古の地球には酸素がなく、酸素がない状態で生物が誕生した。だとすれば酸素がいつ頃どうやってつくられたのか、さらには酸素がつくられた結果、どのような変化が起こったのか。
“酸素は、シグナルとかスイッチの役割も果たしているはずだけど、それはいつ頃から、どうやって始まったんだ?”
生命の定義について
生命の定義は、一般的には自己を維持するための代謝、自己増殖としての成長、同型のものを再生産する複製、外界への反応性と適応性などの特質をあわせもつものとされる。あるいは一般に「生きているとはどういうことか」とたずねれば、そんなことは当たり前で誰にでもわかるだろう、などと思われるかもしれない。けれども、量子力学の基本方程式であるシュレーディンガー方程式を提唱したErwin Schrödingerは、その著書『What is LIFE(生命とは何か―物理的にみた生細胞)』において「生物は環境から負エントロピーを絶えず摂取している」と記している。エントロピー増大の法則によれば、物体は崩壊を経て平衡状態に至る。しかし、生物は平衡状態にはならない。なぜなら生物は生きるための手段として、環境から「負エントロピー」を絶えず摂取しているからだ、というのがシュレーディンガーの解釈だ。いずれにせよ一義的には定義できないもの。それが生命ではないだろうか。
※出典:https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20200116/pr20200116.html
酸素が引き起こした生物大絶滅
酸素がつくられ始めたのは、今から24億年ぐらい前だといわれているね。この頃から光合成が始まり、いわゆる「大酸化イベント(Earth’s Great Oxidation)」が起こった。地球上の酸素濃度を一気に高めたのはシアノバクテリア(藍色細菌)だ。この細菌が真核生物の葉緑体の起源と考えられている。
生物にとって重要な栄養素となるリンや窒素が、陸地から海に大量に流れ込んだため、シアノバクテリアが大繁殖したといわれている。そのシアノバクテリアが盛んに光合成を行った結果、地球には大量の酸素がもたらされた。その結果、それまで大量に生息していた嫌気性細菌が大絶滅したという説がある。
“なぜ生命には、リンや窒素が栄養素として必要なんだ?”
確かに今までまったく酸素のなかった大気に、一気に酸素が増えると生態環境は激変するだろうな。
しかも酸素はある意味では猛毒のガスといえる。酸素は私たち生物にとってはありがたい気体と思われているけれど、酸素にはあらゆるものを酸化させて錆びつかせる毒性もある。この時期に起こった大酸化イベントの証拠が、地球のあちこちで見つかっていて、縞状鉄鉱層(しまじょうてっこうそう)と呼ばれる酸化鉄の堆積層がそれだ。そしておそらく酸素が誕生する前、つまり酸素がない環境で生息していた生物のほとんどが死に絶えたはずだ。
縞模様が特徴的な鉄鉱石の鉱床。一般に非常に大規模な鉱床を形成しており、現在工業的に使われる鉄鉱石の大半がこの縞状鉄鉱床から採掘されている。
※出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:MichiganBIF.jpg
地球の大絶滅といえば「Big5」、これまで5回あったといわれているけれど、実はもう1回あったと?
一説によれば、当時の地球上に生息していた99%の生物、もっともそのすべては嫌気性の原核生物だけれど、そのほとんどすべてが酸素ができたために絶滅したといわれている。シアノバクテリアは、水とCO2、それに日光のエネルギーを利用して生命体に必要な組織をつくると同時に、廃棄物として酸素を出した。酸素は24億年前の地球、それまで酸素のない環境で生きていた生物からすれば生命を奪う毒ガスだ。これは重要な視点だと思うね。
“鉄が酸化する、つまり錆びると赤くなるけれど、なぜ赤くなるんだ?青色にならないのはどうしてだ?”
酸素環境への適応
一度は酸素のせいで大絶滅したにもかかわらず、結果的にその後の地球は、酸素を吸って生きる生物の世界となった。要するに酸素をうまく利用できる生物が生き残り、広がったわけだ。もちろん、嫌気性生物も決して絶滅したわけではなく、地中や海中など酸素のない場所でひっそりと生きてはいるけれど。
そのとおりで、酸素を利用してエネルギーを生み出すようになったんだ。酸化は、電子を奪われることでもあり、プロトン(水素)をうばわれることにもなる。逆に電子やプロトンをもらうのが還元だ。こうしたエネルギー生成活動のカギを握るのが、真核生物の細胞の中にあるミトコンドリアだ。ただし、真核生物のなかには進化の過程でミトコンドリアを失ったものもあるようだし、人の細胞でも赤血球のようにミトコンドリアがないものもある。また動物だけがミトコンドリアを持っているのではなく、植物も持っている。植物も夜間などは酸素を使うんだ。
参考:https://www.sciencemag.org/news/2016/05/first-eukaryotes-found-without-normal-cellular-power-supply
ミトコンドリアの名前は、ギリシア語から来ている。ミトスが「糸」を、コンドリオンが「小さな粒」を意味する。一つの細胞に300から400個もある。人体の細胞数が37兆個といわれているから、人の体にはざっと1京個のミトコンドリアがいる計算になる。
いま、ミトコンドリアが「いる」って言わなかった?
おっ!よく気がついたな。確かに、そう言ったよ。その理由は、ミトコンドリアの誕生に関わっている。
たしかミトコンドリアの起源は、何か特殊なタイプの細胞だったとか。
細菌の一種α-プロテオバクテリアだね。この細菌は好気性で、酸素を利用してエネルギーを生み出していた。やがてα-プロテオバクテリアを古細菌が取り込んで共生するようになった結果、真核生物が誕生した。
要するに地球に大量にできた酸素を利用してエネルギーを合成する生き物が誕生したってことか。
酸素に適応して生き残った生物
整理すると、24億年ぐらい前からシアノバクテリアが、地球上に大量の酸素をもたらし始めた。酸素が豊富な環境のなかで誕生したのが、酸素を利用する生き物すなわちミトコンドリアの祖先にあたる細菌のα-プロテオバクテリアだといわれている。ただ、α-プロテオバクテリアが酸素を利用するメカニズムをどのようにして持つようになったのか。そのプロセスは未だに解明されていないね。ともあれ、何かのキッカケで大量にある酸素を利用する能力を備えた生物が誕生した。これは進化なのか、それとも適応と呼ぶべきか、解釈の分かれるところだと思うよ。ただこの生物は、今のミトコンドリアと同じ機能を備えていた。酸素を利用してブドウ糖を最終的に二酸化炭素と水に分解する一方で、ブドウ糖を使ってADPにリン酸を付加し、エネルギー源となるATP(アデノシン三リン酸)に変える。これが生物が生きるために必要なエネルギーを生み出す、酸素呼吸のメカニズムだ。
“糖類はいろいろあるのに、なんでブドウ糖だけが使われるんだ?”
いつのことなのかも、どうしてなのかもわからないが、ミトコンドリアの祖先にあたる細菌を、古細菌が取り込んで真核生物が誕生した。その証拠が「ミトコンドリアDNA」、1963年にスウェーデンの生物学者マーギット・ナスが発見したDNAだ。ミトコンドリアのDNAは細胞核にあるDNAと明らかに違う。つまり元々は、別の生き物だった証拠だ。
原始の原核生物と真核生物、これはどちらも単細胞生物。それらが一つの細胞のなかで共存し始め、新たな生物として生きるようになった。その後の生物の多様化は、これがきっかけとなった可能性があるわけだ。
ここじゃなんだから続きは研究所でやろう。研究所でなら、ミトコンドリアを顕微鏡で見ながら話ができるから。
それはめちゃくちゃワクワクするなあ。カホも連れて行っていいですか。
もちろん、大歓迎だ。
用語集
原始地球の大気組成について
原始地球には重力によって、隕石が次々と落下してきた。それら微惑星に含まれていたH2O(水)やCO2(二酸化炭素)、N2(窒素)などが、原始地球の大気をつくったと考えられている。さらに宇宙から落ちてくる隕石にはH2OやC(炭素)、さらにS(硫黄)などが含まれていて、これらも原子地球の大気を形成するようになった。
Big5
地球生命史の中で、生存していた種の7割以上が滅んでしまった現象を大量絶滅と呼び、少なくとも5回の絶滅が知られている。それらの絶滅時期と推定される種絶滅率は、オルドビス紀/シルル紀境界の約4億4370万年前(85%)、デボン紀後期の約3億6700万年前(82%)、ペルム紀/三畳紀境界(古生代/中生代の境界)の2億5100万年前(96%、史上最大規模の絶滅事件)、三畳紀/ジュラ紀境界の1億9960万年前(76%)、白亜紀/古第三紀境界(中生代/新生代の境界)の6550万年前(70%)である。
https://kotobank.jp/word/5%E5%A4%A7%E7%B5%B6%E6%BB%85%E4%BA%8B%E4%BB%B6-184511
嫌気性生物、好気性生物
増殖に酸素を必要としない生物が嫌気性生物であり、その多くは細菌である。古細菌や真核微生物の中にも嫌気性生物がいる。嫌気性生物は酸素を利用できる通性嫌気性生物と、大気レベルの濃度の酸素に暴露することで死滅する偏性嫌気性生物に分けられる。一方、好気性生物は酸素に基づく代謝機構を備えた生物である。好気性細菌はシアノバクテリアにより大気中に酸素が増えた結果誕生したとも考えられている。
細胞核
原核生物を除くほとんどすべての細胞に存在し、二重膜構造を有する核膜により細胞質ゾルと隔てられた大型のオルガネラ。内部には遺伝情報を司るDNAが含まれ、クロマチンと呼ばれるDNA-タンパク質複合体、核マトリクスと呼ばれるタンパク質線維ネットワーク、リボソームRNAの合成などにかかわる高電子密度構造体である核小体、核内可溶性成分などを含む。真核細胞では、DNAはヒストンや非ヒストンタンパク質と結合して、クロマチンの基本単位であるヌクレオソームを構築している。核膜には核膜孔と呼ばれる核内外の物質輸送の制御にかかわる小孔があり、核内で合成されたmRNAなどがこれを通って細胞質ゾルに輸送される。
https://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?%E7%B4%B0%E8%83%9E%E6%A0%B8
地球が誕生したのは今から46億年前、これはほぼ定説。そして誕生当時の地球の環境は、今とは大きく違った。これも当然だとして一体、どれほど違ってたんだろう。