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人が生きていくためには、呼吸すなわち「息する」ことが欠かせません。
カホちゃんのギモンシリーズでは、呼吸の基本的なメカニズムから始まり、
体の中で起こっている現象について深めていきます。
こちらのカガクマスターシリーズでは、
酸素の起源や細胞内で重要な役割を果たしているミトコンドリア、
諸刃の剣ともなりかねない酸素の2面性などについて、
定説に加えて最新の知見なども踏まえてご紹介します。

老化を防ぐ酸素との付き合い方

人が生きていくために欠かせない酸素、けれども、その酸素が実は諸刃の剣でもあることが明らかになっています。酸化とは「さびる」ことでもあり、体も酸化によって「さびる」。ポイントは活性酸素、これこそは善玉と悪玉の両面をもつ存在です。しかも「老化を防ぐためには、抗酸化が大切」とよくいわれるけれども、むやみに活性酸素を抑え込むのも決して一概に好ましいとはいえないようです。酸素とうまく付き合っていくためには、どうすればよいのか。オリンピック選手がわざと低酸素状態でトレーニングをしたり、特定の病気の治療には低酸素状態にすると効果があるといった論文も発表されています。ハヤモン、アツモン、ドクターケイの3人は、再びハヤモンの家で新しい議論に突入しました。

抗酸化は、本当に体に良いのか

前回の議論で酸化ストレスが体に良くないという話になったでしょう。これを聞いていたカホがノモン研究所から帰ると早速、隣のタケGに「抗酸化サプリがいいらしいよ」とアドバイスしに行こうとしていたので、あわてて止めました。活性酸素の2面性もそうだけれど、抗酸化についてもどうもきちんと理解されていないような気がする。

抗酸化物質と健康の関係については、NIHが報告書を出しているね(https://www.nccih.nih.gov/health/antioxidants-in-depth)。
活性酸素が酸化ストレスを引き起こすのは間違いないし、いわゆる生活習慣病やがん、アルツハイマー病の一因にもなりうる。だからといって抗酸化物質をサプリメントで摂取して効果があるかといえば、一概にそうともいい切れない。そんな内容だった。

もちろん研究室レベルでは、抗酸化のさまざまな疾患予防効果について多くのエビデンスがある。けれども、サプリメントとして抗酸化物質を摂取する場合には気をつけるべき点がある。年齢、性別、持病や服用薬、そして摂取量により効果は変わる。場合によっては疾患のリスクを高めてしまう可能性も否定できない。サプリとはいえ記載事項をよく読んで、自分なりに情報を集めたり、ヘルスケアアドバイザーと相談して使おう、というのがNIHからのアドバイスだ。

抗酸化物質が豊富な食材、つまり野菜や果物を多く使った食事が、健康に良いことも明らかになっているね。ただ、だからといってそうした食品が直接酸化ストレス抑制に効いているのか、それとも食品に含まれている抗酸化物質以外の要素が、健康に役立っているのか。その機序までを切り分けて理解されているわけでもないからね。

2020年5月に発表されたアラバマ大学の動物実験によると、抗酸化物質の過剰摂取は、いくつかよくない結果につながると報告されている。抗酸化物質を過剰に摂取すると体内の酸化還元バランスが崩れてしまい、むしろ悪影響が出るということらしい(https://www.liebertpub.com/doi/10.1089/ars.2019.7808)。NIHの報告書でも、抗酸化サプリメントが引き起こす相互作用のリスクも指摘されていた。抗酸化サプリメントを安易に大量摂取するのは確かに危険だから、カホちゃんを思いとどまらせたのは正解だ。

一般にはあまり知られていないけれど、薬物に含まれているさまざまな化学物質が反応して引き起こす相互作用は、結構怖いからなあ。だから医薬品は承認後も薬物間相互作用試験や、長期投与における安全性試験などが実施されている。ただ薬物間の相互作用については確認できるとしても、薬物とサプリメントに含まれる成分の間で発生する相互作用などはまったくわからないからね。

確かに薬で怖いのは副作用はもちろんだが、相互作用も忘れてはならない。日本老年学会が「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を出しているが、その理由は、薬物の多剤処方による有害事象を抑止するためだ。多数の薬剤を処方されがちな高齢者ほど有害事象の発現頻度が高くなる。薬に含まれる化学成分同士がどのような相互作用を起こすかは、実際のところよくわかっていない。服用する薬物が増えると、思いもよらない重症化につながることもある。抗酸化サプリも注意して使う必要がある。

 

ハヤモンの心の中にわいた疑問

健康に良いとされるフルーツは抗酸化作用のほかに、どんな効果を持っているのだろう?

https://minds.jcqhc.or.jp/docs/minds/drug-therapy-for-the-elderly/drug-therapy-for-the-elderly.pdf#view=FitV

 

酸化を抑えるもう一つの方法

ところで酸化抑制に関しては、『Cell』におもしろい論文が発表されていたね。ハーバード大でミトコンドリアを研究しているVamsi K Mootha博士らの「Hypoxia Rescues Frataxin Loss by Restoring Iron Sulfur Cluster Biogenesis」。低酸素状態による酸化抑制がひょっとするとフリードライヒ失調症の治療法につながると、そんな可能性が読み取れる内容だと思う。疾患によっては低酸素が治癒につながる可能性があるわけだ。

https://www.cell.com/cell/pdf/S0092-8674(19)30346-0.pdf

 

フリードライヒ失調症といえば、1860年に神経学者のフリードライヒによって発見された、遺伝性の運動失調症だ。脊髄や小脳が変性する病気で、歩きづらくなったり心臓に障害が出たり、背骨が曲がったり手足に力が入らなくなったりする。残念ながら現時点では根治療法はない。この病気は、ミトコンドリアでの電子の受け渡しに重要な役割を果たすタンパク質のフラタキシンが著しく減少した結果、活性酸素の生成やミトコンドリア機能障害を引き起こし発症する。平均寿命が38歳ぐらいしかないという難病だ。けれども、その危険因子は100人1人ぐらいの割合でもっているとも聞いたことがある。

フラタキシンについて

 

うん、難病中の難病だ。ミトコンドリアが不調なら酸素をもっと入れたくなるかもしれないけれど、Mootha博士は、その解消法として逆に酸素濃度を下げることを思いついたんだ。これがまさに大逆転の素晴らしい発想でね、要は低酸素状態にしてミトコンドリアにかかる負荷を下げることで、ミトコンドリアの機能障害を起きにくくさせたんだ。Mootha博士に会ったことがあるけれど、好奇心いっぱいの素晴らしい研究者で柔軟な発想の持ち主だったよ。

そういえばVamsi K Moothaは「Hypoxia as a therapy for mitochondrial disease」という論文も確か2016年に出している。この論文でミトコンドリア機能障害の抑制因子として、低酸素応答を提案している。ミトコンドリアに障害を持つ病気のマウスモデルを低酸素環境で飼育すると、寿命が劇的に改善されたという話だったはず。フリードライヒ失調症への低酸素治療も、きっとここから着想したんだろうね。

 

ハヤモンの心の中にわいた疑問

仮に低酸素が体にいいというのが本当だとして、その機序はどうなってるんだ?

 

あなどれない低酸素の力

なになに!私が学校に行ってる間に、みんなで集まって難しそうだけど、面白そうな話をしてるじゃない。酸素って多いほうがいいって思ってたのに違うの?

そうだよね、カホちゃん。ここが面白いところなんだよ。実は低酸素にすると体にいろいろな変化が起きてくるんだ。例えば運動能力を高めるために、スポーツ選手が酸素の薄いところでトレーニングしたりする。マラソンランナーが高地トレーニングをやるって聞いたことあるでしょう。標高2000メートルぐらいの高地では、酸素が平地の90%くらいになる。そうするとね、肺ががんばってたくさん空気を吸い込むようになり、心臓のポンプ機能も強くなるんだ。酸素を運ぶ赤血球を増やしたりヘモグロビン濃度を高める変化も起きて、その結果、有酸素性運動能力が向上する。とまあ、こういう理屈だ。

それって低酸素応答に関わるHIFによる作用ですね。
そういえば、オリンピック選手用のトレーニング施設では室内の酸素濃度の調整が可能なプールがあり、仮想高地トレーニングをできるようになったという新聞記事も見かけたな。けれども、低酸素にはリスクもあるはずでしょう。確か北京オリンピックの銀メダリスト、ノルウェーのアレクサンドル・ダーレ・オーエンが高地トレーニング中に心臓麻痺で亡くなっていたんじゃなかったかな。

それこそコロラドの高地で開催された学会では、大御所の先生が低酸素症で亡くなったというニュースもあった。

低酸素応答に関わるHIFは、がんの転移や浸潤などへの関与が明らかになっている。抗酸化と低酸素、どちらも健康にはプラスとマイナスの両面があるということなんだろうな。とてもややこしい話だけれど、それが生命の実態というわけだ。

低酸素誘導性因子(HIF)について

 

まとめておくと、酸化はエネルギー代謝にとって重要な反応であり、活性酸素には免疫機能がある。
ところが活性酸素が増えすぎると、逆に細胞を傷つけて病気を引き起こしかねない。一方の低酸素については、特定の病気の治療に効果のある可能性が指摘されている反面、がんなどを引き起こす可能性もある。

要するに何ごともほどほどというか、バランスが大切なわけだ。

う〜ん……。結局タケGが元気に長生きするためには、どうしたらいいのか、そこを教えてよ。

 

呼吸に関する老化の抑止法

長生きの秘訣にいくまえに、これまでのおさらいを簡単にしておこうか。人の体は、実は37兆個もの細胞でできている。その細胞の中にあるエネルギー生産工場がミトコンドリアだったね。エネルギーが満ち足りているから人は元気でいられる。逆にいえば、エネルギーがなくなってくると元気がなくなる。これが老化にもつながる話だよ。

ミトコンドリアと老化の関係は、最近のホットトピックスだ。論文がたくさん出ている。

老化についての最新の研究成果をまとめた書籍が、日本では2020年9月に発刊された『LIFE SPAN老いなき世界』だ。

 

※著者:デビッド・A・シンクレア、ハーバード大学医学大学院遺伝学教授。タイム誌の「もっとも影響力のある100人」、「医療におけるトップ50人」の1人に選ばれる。

 

論文っていわれても、私にはまだわかんないよ。そのハーバードの先生の本にはなんて書いてあるの?

簡単にいえば、運動して、できるだけお腹が減った状態を保って、少々の寒さはがまんする。この3つだね。

原理を説明しておくと、運動すればエネルギーが必要になるからミトコンドリアがせっせと働く。空腹状態になるとPGC-1αや長寿遺伝子が活性化されて、やはりミトコンドリアが活発に働く。

PGC-1αについて

長寿遺伝子について

 

タケGにはせっせと散歩する、お腹いっぱいになるまでご飯を食べたりせず、いつもちょっとお腹がすいてるぐらいの状態でいる、そして少々寒くてもがまんする。そんなふうに教えてあげたらどうだろう。

ほかにも呼吸法を変えてみる手もあるよ。腹式呼吸や逆腹式呼吸を1日10分ぐらい意識してやってみるとか、あと食事の内容に気をつけるのもいいかもしれないよ。たとえば地中海式食事法と呼ばれるメニューがあるんだ。全粒穀物、野菜、果物、オリーブオイル、そして乳製品を毎日たくさん食べて、豚肉や牛肉などはあまり食べないようにする。これは医学的にもエビデンスのある長寿食として知られているんだよ。

タケGが毎朝やってる空手の稽古、腹八分目の食事、毎日1万歩せっせと歩くとかでいいわけだ。私もマネしてみようかな。

食事は地中海式に変えようか。

そういえばこの間テレビで、かっこいいロック歌手が、焼肉屋さんに行っても野菜しか食べないとか、1週間ぐらい断食するとかいってたよ。でも、その人ったらめちゃくちゃカッコいい筋肉質だった。

実は私も毎月4日間断食してるし、1日1食しか食べない日を作ってるよ。

えぇ〜っ!それなのに、すごく元気そう。人の体って、ほんとうに不思議だね。

わさびに含まれている成分が、長生きに効果があるという研究成果もある。

わさびって、あのお寿司とかに入っている超からいやつでしょう。あんなからいものが長生きに効果があるなんて信じられないけど。

科学は日々進歩しているから、次々と新しい発見があるんだ。カホちゃんが大人になる頃には、みんな100歳まで生きられるようになってるかもしれないぞ。

 

 

用語集

フラタキシン

鉄硫黄クラスターアセンブリに関与する、ミトコンドリア内のタンパク質。フラタキシン欠乏は、フリードライヒ失調症を引き起こす。

出典:https://bibgraph.hpcr.jp/abst/pubmed/31939159

 

低酸素誘導性因子(HIF)

細胞に対する酸素供給が不足状態に陥った際に誘導されてくるタンパク質であり、転写因子として機能する。2019年10月7日、「細胞による酸素量の感知とその適応機序の解明」により、 ウィリアム・ケリン、ピーター・ラトクリフ、グレッグ・セメンザの3名がノーベル生理学・医学賞の受賞者と発表された。

出典:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8E%E9%85%B8%E7%B4%A0%E8%AA%98%E5%B0%8E%E5%9B%A0%E5%AD%90

 

PGC-1α(peroxisome proliferatoractivated receptor γ coactivator-1)

タンパク質の一種で、筋肉のタンパク質GLUT-4やミトコンドリアの量に関係することが明らかになっている。

出典:

https://www.nibiohn.go.jp/eiken/hn/modules/pico/index.phpcontent_id=190&page=print.html

 

長寿遺伝子

抗老化遺伝子とも呼ばれるサーチュイン遺伝子は、その活性化により合成されるタンパク質、サーチュインが寿命を延ばすと考えられている。

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