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人が生きていくためには、感覚すなわち「感じる」力が必要です。
『カホちゃんのギモンシリーズ』では、感覚には個人差のあることから始まり、
五感の概要、感覚と脳の関係、さらに老化に伴う感覚の衰えなどを見ていきました。
『カガクマスターシリーズ』では、感覚の対象、感覚のメカニズムから感覚の衰えを
カバーする未来技術、そして健康長寿を保つための感覚の鍛え方などを紹介します。

感じるって、一体何を?

人には五感が備わっています。五感、すなわち視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚です。では、例えば視覚では、一体何を感じているのでしょうか。あるいは聴覚、嗅覚など他の感覚の対象は何でしょう。ハヤモン家では、人によって五感の感じ方に違いのあることが話題になりました。なぜ、人によって感じ方に違いが出るのでしょうか。そもそも感覚の対象とは何なのか、さらに感覚器官である目や鼻、耳が2つある理由とは。普段ごく当たり前のように受け止めている感覚、その奥には深い科学の世界が広がっているようです。

感覚の科学、その物理と化学の世界

カホと感覚について話していて気づいたことがあるんだ。ひと口に五感というけれど、その中身を少し突っ込んで考えるだけで、とても複雑な世界が奥深く広がっているよね。

五感についてなら私の場合、とりあえず味覚が何より大切で、次が嗅覚ですね。食べることって、私にとっては生きているのと同じぐらい大切な意味がありますから。

なるほど。食べること、すなわち生きることか。それも深い話だね。しかもおいしく味わうためには、触覚も関わってくる。

味覚は味で嗅覚はニオイ、さらに触覚は圧力というのが一般的な解釈だが。

触覚は圧力、つまり力を感じているわけでしょう。だとすれば触覚は物理の世界の話になりますね。

他の感覚にも物理は関わっているよ。光は物理的な電磁波で、音は音波、正確にいえば空気の振動だ。

物理と化学で分けるなら、味覚と嗅覚の対象は化学物質ということになるね。味覚は食べたものに含まれている化合物を感じていて、嗅覚は空気中に浮いているやはり化学物質を感じているわけだから。

女性は香水を使うんだけど、ほんの微量なんですよね。それでも、ふわっとしたよい香りが漂うでしょう。

逆に考えるなら、それだけ嗅覚は敏感だともいえるな。一方で視覚や聴覚については、可視光や可聴域の限界がほぼ定まっている。人間の目に見える光の波長は限られているし、音についても同様で可聴周波数帯域はだいたい決まっている。

さらに可聴周波数帯域に関していうなら、70代あたりから高音が聞こえにくくなるケースもあるね。いろいろ原因はあるけれど、音を感じる細胞や、それを伝える神経が、年齢とともに、衰えるからといわれてるようだ。隣のタケGは、針の音が落ちた音が聞こえるくらい耳がいいらしいが、呼吸法でストレスをコントロールしてるからかな(笑)。加齢のほかに、ストレスによる神経性の難聴や、大きな音に長くさらされると音を感知する細胞がダメージをうけて難聴になってくる。若い人の難聴が増えてきて、ヘッドホン難聴ともいわれてるよ。

可視光について
可聴域について

そもそも何を感じているのか

感覚の役目は、外部の環境をシグナルとして受け取ることであり、その対象となるのは外部環境からもたらされる何らかの刺激だ。刺激のエネルギー源による分類も可能で、光や熱は電磁的刺激、音と圧力は機械的刺激、味やニオイは化学的刺激となる。

共通しているのは、いずれの刺激も神経細胞を通じて脳に刺激が伝えられるメカニズムだな。

刺激が伝わるメカニズムは同じだけれど、刺激を伝える末梢神経の長さにはかなりな違いがありましたよね。

うん、これは実に巧妙にできていて、まず刺激を感知する細胞があって、それから末梢神経に伝わり、さらに脳へと伝えられていく。刺激を感知する細胞には、刺激に適した受容器が備わっている。

問題は、その受容器で何をどのように刺激として感じ取っているのかですよね。味覚はわかりますよ、酸味、塩味、甘味、苦味、そして旨味ですね。これは主に舌の味蕾、つまり味を感じる細胞が担当している。できるなら味蕾の数をもっと増やしたいんだけど、何かいい方法はあるでしょうか?

なるほど、味蕾の数は大事なポイントですよね。そういえば、iPS細胞などで味蕾の数を増やす研究も行われていますよ。あるいは味覚についても感覚を研ぎ澄ますのは訓練でできるかもしれない、タケGのすごい聴力みたいに。


たしかにアイコさんなら訓練次第でなんとかなりそうな気がする。ともあれ味覚に似ているのが嗅覚だけれど、どちらも化学的刺激が対象とはいえ対象の性質が違う。味覚が水になじむ水溶性物質を刺激対象とするのに対して、嗅覚の対象は常温だと気体になって飛び散りやすい揮発性物質だ。

なるほど、息を吸い込んだときに入ってきた化学物質が、鼻の奥の粘膜にくっつくわけですよね。そこには例えばAという物質にピッタリはまる受け皿つまり受容体があって、受容体にAがはまると、嗅神経を経て脳に信号が伝わる。その嗅覚受容体の機能遺伝子数が人間には約400個あって、イヌは1000個、アフリカゾウは2000個だと研究報告にありました。

嗅覚受容体ついて

よくいわれるカギとカギ穴の関係だね。要するにカギ穴の種類が400種類ほどある。でも、嗅覚や味覚で面白いのは、カギ穴が結構あいまいであったりすることでね、たいていのニオイ物質は、複数のカギ穴、すなわち嗅覚受容体に作用する。仮にAという物質が、1、2、14、……○○といくつかのカギ穴にはまったとき「~のようなニオイ」と人は認識できるわけ。カギ穴にはまる強さや、はまっている時間も嗅覚と味覚には大事な要素なんだ。

ちょっと待ってくださいね。カギ穴がざっと400種類あるということは、当てはまる/当てはまらないの単純な組み合わせだけでも相当な組み合わせになるじゃないですか。人間の嗅覚ってすごいですね。

嗅ぎ分けられるニオイの数については、個人差が大きいと思うよ。とはいえ生まれ持っての受容体の数はそんなに違わないから、鍛えれば嗅覚は鋭くなる可能性がある。あるニオイを何度も嗅いでいると、次第に感度が高まって嗅ぎ分けられるようになる。そのニオイへの脳神経回路が強化されるんだ。ちなみに、犬の嗅覚は飛び抜けてすぐれていて、ニオイの種類にもよって違うのだけれど、人間の嗅覚の100万倍から1億倍といわれている。数キロ先のニオイも嗅ぎ分ける力は本当にすごいよね。嗅覚受容体のある鼻の粘膜が人間の30倍もの面積があって、受容体の数も人間は600万個程度だけれど犬は桁違いに多いんだ。スヌーピーでおなじみのビーグル犬は3億くらいあるそうだよ。ニオイを感じる脳の部分も人間の40倍ぐらい大きいらしい。

なるほどねえ。そして聴覚は機械的刺激であり、音の大きさ、高さ、音色などを内耳の有毛細胞が空気の動きとして受けとっている。触覚も機械的刺激で、一般に圧力、温度、痛みなどをいくつかの受容体を使い分けて感じている。機械的刺激については、皮膚で感じる触覚のほかにも、平衡感覚や内臓感覚があるな。平衡感覚は、三半規管の有毛細胞の担当だ。

視覚はまた別の意味で面白い部分がある。我々は、目にある光受容体でモノを見ているけれど、目以外にも光受容体があるんだ。なかでも、最近はopn4が注目を集めている。このタンパク質は視覚には関わらないが、ブルーライトの受容体で体内時計に影響を与える。寝る前にコンピューターやスマホのブルーライトを浴びると良くないといわれるけれど、その理由はopn4が影響を受けるからじゃないかと考えられているようだ。こうしてみると、脳で知覚することと、細胞で感じることは、切り離せる。単細胞生物は、1つの細胞なのに光や匂い触覚などの受容体をもっていてさまざまな環境に対応している。単細胞生物から進化した生物は、脳ができた結果、より複雑な知覚の分担ができるようになったともいえるね。

opn4について

とてもたいせつな距離感

目と耳と鼻の穴が2つ、手足も触覚の器官と考えれば、これも2つある。この「2つ」というのには重要な意味がありそうですね。

たしかに。でも生き物の眼は必ずしも2つと決まっているわけではない。例えばセミやカマキリには眼が5つあるし、トカゲなら頭頂眼を含めて3個だ。実は人間の脳のほぼど真ん中にある松果体も、眼の名残と考えられている。目が1つではなく複数あるのが大事な理由ははっきりしていて、遠近感と立体感を掴むためだ。仮に片眼を閉じてみれば、両眼で見るときとのもの見え方の違いがすぐにわかるだろう。

多くの動物に耳が2つ以上あるのも、音源への遠近感に関係があるわけでしょう。

うん、聴覚で遠近感を感じられる理由は、両耳間強度差と両耳間時間差があるからだな。

両耳間強度差ってなんだか難しい言葉だねえ(笑)。簡単にいえば、音源に近い方の耳に音はより強く聞こえる現象だね。だから左右の耳で音の強度差が違えば、音源がどのへんにあるのかがわかる。時間差も同じ理屈だよ。

2つといえば鼻の穴も2つある。これもニオイがどこから来ているのかを知るためじゃないのか。

そうかもしれないね。でも鼻の場合は2つの位置が近いから、差異をどのくらい感じ取れるんだろう。むしろ鼻の場合は2つあることで、片方の機能が落ちても嗅覚を保てるメリットもあったりするかもしれない、いわゆるリスクヘッジだね。顔を動かしたりすることで、匂いにも遠近感は出るから方向がつかめるよね。

それわかる。嗅覚も私、自信ありますよ。

ハヤモンの心の中にわいた疑問

2つという数に注目するなら、人間では、肺や腎臓は2つ、でも膀胱や心臓は1つ、手足が2本あることにも何らかの意味があるはずだ。一体、どんな意味があるんだろう?

 

 

 

五感だけでは語りきれない感覚の世界

視覚、聴覚、嗅覚については距離感や方向を掴むのにも有効、ということはポイントは、距離感の対象が何かということか。

生きていく上で何が大切なのかと考えるなら、距離感を掴む対象はまず食料、次が敵だな。生きていくために必要な食料を見つけるのが感覚の役目で、この感覚が乏しいと進化で淘汰されるだろう。襲ってくる敵を察知するのも感覚の大事な役目だ。

ということは触覚も、もともとは食料を見分けるためなのでしょうね。そして身を守ることにつながっていそうですね。

うん。僕はこういうときは、進化をさかのぼって単細胞や原始多細胞生物になった気持ちで考えるんだ。そうすると、まずはなにより食料を見つけること、それが食べられるものかどうかを、味や匂いや触覚などで判別するのが大事だと思うんだ。敵から身を守る能力は、眼が誕生してから爆発的に高度化したともいわれているよ。

触覚の1種の痛覚も身を守るためだが、不思議なことに魚は高等生物だけれど痛覚がないらしい。その根拠は、魚の神経系の発達度合いや、魚には大脳皮質がないこととされていた。ただ最近の研究によれば、人間の痛みとは異なるけれども、魚もある種の痛みを感じているのではないかとの説も出ている。痛みが身を守るための感覚だとしたら、魚にも痛覚のようなものがあってもおかしくはないからな。

(https://www.smithsonianmag.com/science-nature/fish-feel-pain-180967764/)

 

人間レベルだと、触覚は一般的に五感の1つとして扱われるけれども、これは本来なら、触覚に限らず温度、痛みなどを含む皮膚感覚の一部と捉えるべきだな。さらに関節などに発生する深部感覚も含めて考える必要がある。この深部感覚によって体の動きについての情報を得ているわけで、とても重要だね。

体の動きに関してなら平衡感覚も欠かせないだろう。つい忘れられがちだけれど、地球の上で生きている限りは重力から逃れることができない。この強力な力とうまくバランスを取りながら、体を動かすために必要なのが平衡感覚だ。

平衡感覚も、トレーニングなどによって鍛えられますよね。体性感覚はどうなんでしょう。痛みに対して鈍感になるような鍛え方は、格闘技の選手らがいろいろやっているようだけど。そういえば、ピアニストは指先がすごい敏感ですよね。味覚と嗅覚は、おいしいものを食べ続けていると磨かれるような気がするけれど…。

おいしいものばかり食べていると、逆に感覚が麻痺するんじゃないかなあ。普段、質素な食生活を送っているからこそ、たまのごちそうに感激するとか。私は新月に合わせて4日間断食するんだけど、その後に食べるご飯のおいしいことといったら言葉にならないくらいだよ。あと、あまり強い刺激をいれすぎると、感覚が薄れたりしないかな。子どもには、わさびやカラシなどはとんでもキツイ刺激だけれど、段々うすれてきて平気になってくるよね。

 

用語集

可視光

人の眼で見える光の波長の範囲。380nmの紫色から780nmの赤色までの間で、可視光より波長の短いものを紫外線、長いものを赤外線と呼ぶ。

可聴域

人の耳で聞き取れる音の周波数の範囲で20Hzから20000Hzの間。加齢に伴い高音側から聴力が低下する。可聴域より低い音を超低周波音、高い音を超音波と呼ぶ。

嗅覚受容体

嗅細胞にあるGタンパク質結合受容体の1種。人が持っている嗅覚受容体の遺伝子は396あるとされる。1つの嗅覚受容体が、1つのニオイに反応するのではなく、似たような化学構造を持つ複数のニオイに反応する。

opn4

人が持つ9つの光受容体の1つ。体内時計の光同調など視覚以外の光反応に関わっている。

カガクマスター シリーズ