02
02
人が生きていくためには、感覚すなわち「感じる」力が必要です。
『カホちゃんのギモンシリーズ』では、感覚には個人差のあることから始まり、
五感の概要、感覚と脳の関係、さらに老化に伴う感覚の衰えなどを見ていきました。
『カガクマスターシリーズ』では、感覚の対象、感覚のメカニズムから感覚の衰えを
カバーする未来技術、そして健康長寿を保つための感覚の鍛え方などを紹介します。

感じた結果は、どこでどうなる?

第1話では、五感の対象や機能、メカニズムについて話を進めてきました。外部から受けた刺激は、五感それぞれの受容器を経て脳に伝えられます。つまり人は最終的に、脳で感じているともいえます。では、五感によって受け取った感覚は、脳でどのように処理されるのでしょうか。また、感覚は人の場合、コミュニケーションにも重要な役割を果たしています。対人関係などでいわれる「感覚の合う人」とは、どういう人のことなのでしょう。五感についていろいろと教わったカホちゃんが、もっと知りたいことがあるとNOMON研究所にやってきました。

「見る、見える」って一体どういうこと?

 

ドクターケイ、この絵を見てほしいの。斜めの線の中に円が2つ入っているでしょう。友だちがね、この2つの円の大きさが同じだっていうんだけれど、どう見ても右にある方が大きいと思わない?

お〜、これは心理学の世界で有名な「ポンゾ錯視」だな。

ポンゾさくし…?

とりあえず2つの円の直径を定規で測ってごらん。

あ、そうか。確かめてみるね…、ほんとだ!2つとも直径は同じ長さだ!

錯視というのは眼の錯覚のことで、実際とは違うように「見えて」しまう現象といいかえてもよいだろう。あるいは脳がだまされるといってもいいかもしれないな。錯視にはいろいろあって、止まっている絵なのに動いているように見えるものもある。

止まっているのに動いているって、そんなことが本当に起こるの?

これなんかがそうですよ。

カホちゃん、錯覚はね、とても不思議で面白い現象なんだ。そもそも見えるとはどういうことか考えてみようか。

見えるって、要するに眼で見てわかるということじゃないの?

じゃあ、どうして錯覚が起こるんだろう。錯覚は眼で見たのに間違ってしまうわけだろう。

たしかに測ってみると同じ大きさの円なのに、違うように見えてしまうのは不思議だね。

たぶん、その「見えてしまう」というのがポイントなのよ。「見えてしまう」というのは、どこの話かな。単純に眼かな、それとも…?

もしかして、頭?

そのとおり!眼で見たものとは、正確にいえば目に入ってきた電磁波なの。その電磁波による刺激が眼を通して脳に伝えられる。その結果、人は、あるいはより正確には、その人の脳はといった方がいいのかもしれないが「何かが見えた」と思うわけ。

もっとややこしい話をすると、このリンゴは赤いだろ。でも、実はこのリンゴそのものに色がついているわけじゃない。

ええっ!見えている色と実際の色が違うって、一体どういうこと?

 

 

眼で見ているときに脳で起きていること

なんだか、おもしろそうな話をしてるね。それは感覚と認知についての話で、これを知ると、生きていることがまた感動に思えるんだよ。

そんなふうにいわれると、めちゃくちゃ知りたくなっちゃう!

さっきアイコさんが「眼を電磁波が刺激して」と話したでしょう。電磁波ってなんだか難しい言葉だけれど、要するに光のことだよ。眼には光を受けとると合図を出してくれる細胞がいてね、その合図が脳に伝えられる。合図をうけとった脳は、これはこんな色、こんな形というように“解釈”していくんだ。この解釈っていうのがポイントなんだ。人によっては同じ風景をみてても、解釈の正確さがちがうこともあったりするんだけど、わかるかな?

ちょっと待ってね。脳が理解して初めて何か、例えば赤いリンゴが見えるんだとしたら、脳が理解しなかったらどうなるの?

少なくともその人にとっては、赤いリンゴは見えないということになるね。リンゴのような形をしたものは見えても、色が「赤」だとはわからないかもしれない。たとえば、ほら、あそこの木に鳥の巣が見えるでしょう。カホちゃん気づいてた?

あ、ほんとだ!!毎日見ている景色なのに、ずっと気がつかなかったよ。もしかすると耳が聞こえるのも、同じ原理ということ?

うん、そうだ。耳に入ってくるのは音波、音の波だ。音を認識する仕組みもりんごの色を認識するのと基本は同じだから。

何と同じなの?

カホちゃん、ちょっとここに座って目を閉じてごらん。まわりの音に集中してごらん。近くの音、遠くの音。聞こえてくるものがないかい?

ほんとだ!自動車の走る音がする。虫さんが少し遠くで鳴いているよ。あ、洗濯機の音も聞こえる。

よく気がついたね。音を感じる器官は耳だけど、耳からの信号を意味づけるのは脳の役割なんだ。

 

ハヤモンの心の中にわいた疑問

言葉に関する脳内の領域は言語野だけれど、言語屋の中の神経の構造は、英語を母語とする人と日本語を母語とする人では、まったく違うんだろうか?

 

世界は脳の中にある

音についてもう少し補足すると、カホちゃんは「ド」の音がわかるでしょう?

ドレミファのドなら、もちろんわかるよ。

じゃあピアノの「ド」とバイオリンの「ド」も聞き分けられるのかな?

そうね、ピアノとバイオリン、どっちも聞いたことあるからわかると思うよ。

ピアノの「ド」とバイオリンの「ド」の音色は、ぜんぜん違うでしょう?

たしかに、私はピアノとバイオリンの違いはわかるけど、音程は聞き分けられないでしょうね?

そうなんだ。

カホちゃんは、絶対音感を持っているから、たぶんどんな楽器の音を聞いても、その音程がわかるんだ。ただ、当たり前の話だけれど、聞いたことのない楽器の音を聞いて、その楽器が何かがわかったりしないよね。

そりゃそうだね。

ちょっと話を変えるけれど、カホちゃんは、いちごのシャーベットは好きかな?

もちろん、大好きぃ!

じゃあ、どうして好きなのか説明してごらん。

えっと、冷たくて、でも甘くて、おいしいから…。

いま頭の中で、いちごのシャーベットを思い浮かべなかったかな?

そういわれると浮かんできた、うわぁ、すごく食べたくなってきちゃったよ。

頭に浮かんだシャーベットはどんな色をしていた?

きれいな赤でミルクもかかってておいしそうな感じ。

いちごのシャーベットをカホは、これまでに見たことがあり、食べたこともある。知ってるから「甘い」とか「冷たい」「おいしい」と思うし、甘さや冷たさ、食べたときのシャリっとした感覚までわかってるんじゃないか。

楽器の話もおなじでしょう。知ってるというのをもう少し突っ込んでみると、カホちゃんのどこが知ってるのかといえば頭、つまり脳だよね。つまりカホちゃんが知っていることは、全部カホちゃんの頭の中にあるんだよ。

つまり見たもの、聞いたもの、食べたものの味などは、ぜんぶ私の頭の中にあるということ?ということは、ニオイも脳で感じているのかな?

カホが感じている世界はすべて、カホが頭の中につくっている、といってもいいのかもしれないな。

 

感覚を通じてわかり合える

頭の中にあるといえば、感情もそうじゃないのかな。例えば音楽を聞いたときに「この曲きれいだなあ」って思うことがあるんだけれど、これって感情だよね。何かを感じたとき人の頭の中に感情が生まれるのだとすれば、動物はどうなんだろう?

カホは、タケGが飼っている犬とよく遊んでいるじゃないか。遊んでいるときに、何かを感じないか?

そういえば、ボールを転がしてあげて遊んでいるとき、ワンコはうれしそうにしている!

うれしいのなら、それは感情といっていいのかもしれないね。動物の感情についてもいろいろな研究成果が出ているよ。それらによれば人間と同じではないにせよ、動物も感情を持つらしいというのが一般的な見解みたい。

ワンコはね、もしかしたら私のいうことをわかってるんじゃないかな、と思うときがあるよ。カホも、ワンコの気持ちがわかる時があるよ。ワンコは「ワン」としかいってくれないけれど。

人と犬は一緒に生活してきた長い歴史があるわけだし、たぶんカホちゃんはコミュニケーションができてるんだろうね。

ヒトにしても、ことばだけでコミュニケーションをしているわけではないですよね。アメリカのM・ヴァーガスという社会学者はコミュニケーションについて、人体、動作、目、周辺言語、沈黙、身体接触、対人的空間、時間、色彩と9種類のノンバーバルコミュニケーションが影響しているといってましたよ。

メラビアンの法則ついて

有名な「メラビアンの法則」っていうのもある。会話の内容よりも、見た目やしぐさ、表情など視覚情報や、声の質や大きさ、速さや口調などが印象を決めるという概念だ。日本では『人は見た目が9割』という題名の本が、結構売れた。ざっと読んでみたけれど、第一印象は見た目で大きく左右され、その後の関係に大きな影響を与えるという話だったな。

ポイントはなぜ第一印象が大切なのかだ。カホちゃんは、ひと目見た瞬間に「いいなあ」と感じた人とどうなりたい?

それは友だちになるとか、仲良くなりたいと思うでしょうね。

それは自然な感情だよね。相手に対してよい感情を持つから、その人とコミュニケーションを取りたくなる。そしてコミュニケーションは、決してことばだけで行うものでもないでしょう。

たしかにそうだね、ワンコはことばを使えないのに、私とコミュニケーションしようとしてくれる。

感覚でいうなら、私は初めて会った人には、めちゃくちゃ第六感を働かせますね。

第六感ってなあに?

辞書には「五感のほかにあるとされる感覚のこと」と書いてあるけれど、じゃあ、体のどこで感じているのかと問われると、正直なところ答えられないんだ。でも、カホちゃんは初めて会った人に対して話をする前から「なんかわからないけれど、とても良い感じの人」とか「ちょっと嫌かもしれない」とか思ったりしない?

ネガティブ評価についてはうちは、ちょっとうるさいぐらいにしつけしているかもしれない。人を見た目だけで判断しないようにといつもいってるし、最初に少し話したぐらいで、その人が本当はどんな人なのかが簡単にわかったりもしないと教えている。

第一印象が良くないからといって、それで判断してしまうのは危険だ。相手がどんな人なのか、どのようにものごとを考えたり、判断したりするのか。どんな感覚を持っているのかなどについては、しっかりコミュニケーションをとらないと簡単にはわからない。その意味では、アイコさんのいうように五感はもとより、第六感まで総動員してコミュニケーションをしようとする姿勢は大切だと思うね。

ただし、可能な限り先入観はなしでだね。

 

用語集

メラビアンの法則

心理学者アルバート・メラビアンが提唱した法則。コミュニケーションの際に人に与える影響度を分析して、表情や視線など見た目や仕草による「視覚情報」は全体の55%、声の大きさや話すスピードなどの「聴覚情報」が38%、会話そのものの内容は7%とした。

カガクマスター シリーズ