山ごもりで感覚を取り戻す
※タケGの家で、話をしているカホとタケG。そばにはワンコがいる。
1年に3回ぐらいタケGは、1週間ほどどこかに行っちゃうね。どこへ行ってるの?
ちょっと山に入ってるんだ。
山に入るって?
昔、空手に夢中になっていたときがあってね。もう何十年も前のことだけれど、1人で真剣に稽古しようと山の中に1週間ほどいたことがあるんだよ。
そんなことする人って初めて聞いたよ。だから、たけGは瓦を割ったりすごいことできるんだね。山の中で一体何をしているの?
修験道と呼ばれる宗教では何日も仏教の修業をするんだが、それを真似したんだよ。知り合いが山に作っていた炭焼をするときの小屋を借りて、そこに寝泊まりして1日中、空手の稽古をするんだ。
そうなんだ。じゃあ、また空手の稽古をしていたの?
すこしだけな。もちろん昔のような激しいことはやらないよ。ほかには人が誰も来ないような山の中で、ひとりで静かに座禅を組んだりして過ごすんだ。
さみしくないの?
カホちゃんも森の中でキャンプをするのが好きだろう。それと同じようなものだよ。
あっ、じゃあまわりにいる生き物を感じたりするの?
生き物だけじゃない。それこそ風の流れを感じて、川を流れる水の音の変化を聞きとる、木々の間から差し込んでくる光の色が変わるのも見ていて楽しいもんだ。食べものは、山菜を摘んできて自分で料理する。いってみれば五感のリハビリみたいな時間かもしれないな
リハビリって、病気になった人が回復を早めるためにやるトレーニングだと思ってた。
自然から離れていると五感が衰えるんだ。だから、ときどき自然の中に戻って五感を鍛えるんだよ。
断食で五感を研ぎ澄ます
さっき聞いたんだけれど、タケGは五感を研ぎ澄ますために山の中に行ってたらしいよ。
いかにもタケGらしいね。ただ山まで行かなくても五感を研ぎ澄ます方法は他にもある。アツモンがやってる断食も五感にいいはずだ。
うん、私は新月断食をやるようになってから、感覚が鋭くなったよ。もう少し正確にいうなら、これまでなんとなくかかっていた「もや」のようなものがきれいに取れて、世界をくっきりと感じられるようになったとでもいえばいいかな。
もやがかかってたの?
そうだね、それまではずっと、もやがかかっているのが当たり前だから特に気づかなかったんだ。ところが断食すると、そのもやがす~っと引いていった。おかげで眼がよく見えるようになったり、音に敏感になってね。研究にもとても集中できるようになった。そして体がとても軽く感じられて、動くのが楽になった。
なんか、すごいな。私もやってみようかな。
カホちゃんは、まだ体が成長期だからね、いまはしっかり食べなきゃ。大人になってモヤモヤしてきたら、断食のやり方を教えてあげるからね。
たしか冷え性も解消されるんじゃなかったかな。
そうそう。低糖質ダイエットをしてると手足の冷えるときがあったんだけれど、断食をするようになって解消されたんだ。断食すると、体の代謝が大きく変わるのが実感できたよ。今ではいつも手足がポカポカしてる。
冷え性に効くんだったら、私もやってみようかな。
毎月、新月の日から4日間断食を続けた結果、体重が大きく減ったし、体年齢が39歳から25歳にまで若返った。そして、何より断食が終わった後の日々のご飯のおいしさときたら、これはたまらないね。五感の中でも特に味覚が研ぎ澄まされたような感じがする。
そうなんだ。断食って老化にもいいのかしら?
断食が感覚を鋭くするのなら、そのとき体の中で一体どういうメカニズムが働いているのか?
感覚をことばで表すトレーニング
五感を鍛えるのが老化防止につながるのはあり得る話だな。そのためにタケGのように山ごもりをしたり、アツモンのように断食をするのもいいけれど、もっと簡単な方法が1つある。
知りたい〜!私にもできる?
もちろんできるさ、それもとても簡単なことで、要するにことばを大切にするだけでいいんだ。
ことばを大切にって、どういうこと?
たとえば今日の朝ごはんに食べたものを思いだしてごらん?
ご飯でしょ、それに卵焼きと焼いた鮭があった、あとはお味噌汁、それからほうれん草のおひたしだったかな。
その味はどうだった?
もちろん、全部おいしかったよ。
ポイントは、その「おいしかった」だよね。
そのとおり。おいしいというのは、いってみれば総合評価みたいなものだ。たしかに全部おいしかったよ、私も同じものを食べたからよくわかる。ただ、卵焼きのおいしさとほうれん草のおいしさは違っただろ。その違いは、どういえばいいだろうか?
食べてるときには、そこまで考えてなかった。
じゃあ思い出してみようよ。まず、口に入れたときの感触が違ったよね?
そうね。卵焼きが温かいのに対して、ほうれん草のおひたしはそうじゃない。いわれてみれば、歯ざわりもぜんぜん違ったよ。卵焼きは口の中でほろっと崩れる感じだったけれど、ほうれん草はしゃくしゃくしていて噛みごたえがあった。
そして味も違ったでしょう?
たしかに。ほうれん草のおひたしは、うまくいえないけれど爽やかな感じがした。卵焼きには少し甘みを感じたかな。
ひと言で「おいしい」というけれど、その中身は全然ちがう。その違いに敏感になること、そして、違いをことばで表すように意識することが大切なんだ。
いつも感じることだけれど、ハヤモン家の教育はすごいね。感じ方に敏感になること、感じた内容をことばに表すこと、これは何も食事だけに限ったことじゃないよね。
その意味では、カホが小さい頃からキャンプに連れて行ったり、ピアノを習っているのも、1種の感性教育といえるのかもしれない。もっとも教育しようと思ってやっているわけではなくて、他のこともいろいろ経験させる中で、カホが喜ぶことをやっているのが正直なところだけれど。
ただ、ことばに表現させるようには意識してきた。五感というけれど、感覚は結局は脳で処理されるわけだ。だから、自分の感覚をことばに表してみることはとても大切というか、脳のトレーニングになると思う。
何かに触ったときの感覚を考えてみても、1つとして同じ触覚というのはないはずだね。その違いを、最終的にことばに表せるかどうかは別として、少なくとも意識することによって、感覚の鋭敏さは随分変わってくるんだろうな。
五感を鍛えれば衰えを防げる
そういえば、アメリカでは老眼の薬が承認申請に入ったらしいよ。眼については加齢とともに白内障になる人が増えるけれど、これも手術をすれば直せるようになってきているね。最近は50歳ぐらいで早めに手術を受ける人が出てきているようだ。あと耳の老化防止には今のところ特効薬はないけれど、補聴器がどんどん進化する可能性は高いだろうし。
たしか視覚で人は情報をたくさん得ているんだったよね。それなら年をとっても、眼が悪くならないのはとてもいいことだと思う。
老化の防止についてなら味覚はどうなんだろう。甘味についての感受性は、高齢者も若い人もそんなに変わらないけれど、塩味については高齢者ほど感じにくくなると聞いたことがあるけれど。
嗅覚も50歳ぐらいから少しずつ能力が低下し始めるようだ。もちろん疾患のある無しなど個人差も大きいようだけれど。
音や嗅覚の受容体の数や細胞の活動が低下するのかもしれないね。でも、強い音や味の刺激をへらすようにしたり、インプットをしっかり味わっていくことで神経回路を発達させると、感度を長くたもったり、もしかすると鍛えて感度をあげていくこともできるかもしれないね。
たしかに。加齢に伴って五感が衰えるのは、今のところ自然の摂理だけれど、タケGのように、定期的に五感を研ぎ澄ます訓練をするのは有効だと思う。そして、感覚センサーの進歩によって、視覚と聴覚の衰えはカバーできる可能性が出てきた。味覚、嗅覚、触覚などについては、衰えをできるだけ防ぐのは老化への1つの対抗手段になる。そのためには、これらの感覚をできるだけ刺激することが1つと、そうした刺激を常に脳で意識しつつ、可能な限りことばに表現する。そんな暮らし方をすると、きっとプロダクティブエイジングにつながると思う。
用語集
修験道
山にこもって厳しい修行を行い、悟りを得ることを目的とする日本古来の山岳信仰。
ケトジェニックダイエット
糖質を制限し、代わりにタンパク質と脂質をとることで健康的にやせる食事療法。
しばらくワンコを預かってもらって助かったよ。