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人が生きていくためには、食事すなわち「食べる」ことが欠かせません。
『会話篇』では、食事がもたらす影響から始まり、
食べたものの体内での処理までを大まかに見ていきました。
『マニア編』では、食べものを「シグナル」として捉えて、
食べたものが体内でどのような影響を及ぼすのか、
食べものと健康長寿の関係性などについて紹介していきます。

食べものはシグナル

食べものによって人は、やせたり太ったりします。食事次第で健康になれる一方で、まかり間違えば病気にもなりかねません。そんな話で盛り上がったハヤモン家。
もとより食べものは、生きていく上で絶対に欠かせない。では、何をどのように食べればよいのか。人と他の動物では、食べものはどのように違うのか。そんな議論をハヤモンは、アツモンやドクターケイ、さらにはNOMON研究所に新しく加わった女性研究者アイコさんの4人で始めました。そこでハヤモンが「食べものはシグナルじゃないか」との仮説を打ち出し、話がふくらみます。あまりにも当たり前の存在だから深く考えることもなく見過ごしてきた食べもの、その「意味」は一体何でしょうか。

秋ナスは嫁に食わすなって!?

カホにこれまで何を食べさせてきたか、これから何を食べさせていくべきなのか。家での食事は、基本的にユッキーに任せてきたけれど、改めて考えると「何を・どう食べるか」は、実に奥深いテーマだ。

食べものはとても大切、だから食べ物に関しては、昔からの言い伝えがたくさんあるんだろうね。

知ってますよ、ひどいのがありますよね。「秋ナスは嫁に食わすな」なんて、姑の嫁いびりじゃないですか。旬の食べもの、美味しい秋ナスを嫁に食べさせてくれないなんて。

おっと、ちょっと待てよ。そのことわざには反対の解釈もあるぞ。秋ナスは美味しいから、つい食べすぎてしまい毒性のアルカロイドが作用するとか、ナスは体を冷やすから健康によくないともいわれている。

アルカロイドについて

ということは、お嫁さんの体を気遣う言葉なんですか。

まあ、言い伝えだからね。解釈はいろいろあるんじゃないかな。

食べ合わせについては本当に体に悪いもの、いわゆる合食禁もある。例えば「カニと柿」、どちらも体を冷やすから一緒に食べるとよくない。古い話だけれど、李氏朝鮮の国王の死因ともいわれている。

李氏朝鮮の国王の死因について

合食禁で食べものより注意すべきは薬剤だろう。高血圧の薬をグループフルーツと一緒にとると、薬が効きすぎることがあるし、薬をアルコール飲料で飲むなんてのも論外だな。

合食禁の問題って、ひょっとするとそれらを一緒に食べるとおいしいからじゃないのかな?

それはどうかな。
でも、その「おいしい」って一体何なんだろうね?

 

なぜ「おいしい」と感じるのか

実は私って、なんでもおいしく食べちゃう人だったりするのですが……。

おいしさを突き詰めるのは決して簡単な話じゃないよ。アイコさんがいうように、おいしさは人それぞれという話があるし、同じ人でも年齢によって、何をおいしく感じるかは変わってくるからな。

いわゆる味覚の問題だよね。五味、すなわち甘味、塩味、酸味、苦味、旨味で、これらは舌の味蕾で感知される。ただ少し突っ込むと、この5つの味覚を感じる仕組みは、同じではないんだ。

その通りで、甘味、苦味、旨味は受容体たんぱく質で感じる。一方、塩味と酸味はイオンチャネルで受容する。こうした違いは進化の過程で生じたのだろうけれど、なぜ違いが生じたのか、その理由については未だによくわかっていない。

受容体たんぱく質
イオンチャネルについて

そこで、仮に味覚をシグナルと捉えれば理解しやすくならないだろうか。わかりやすい例でいえば、酸味は腐敗、苦味は毒物を警告するシグナルといった具合に。

そう考えれば甘味はエネルギー源であり、塩味は体液に必要なミネラル、旨味はアミノ酸のシグナルとなる。味の違いには確かに、意味の違いがあるはといえそうだな。

前にちょっと舌がおかしくなって、甘さを感じなくなったときはえらいことになりましたよ。何にでもやたらと砂糖やはちみつをかけまくったせいで、プクプクになっちゃった。

味覚に異常が起こるとシグナルを正しく理解できなくなるから、病気になる危険性が高まるだろうね。高齢者に高血圧が多い理由は、塩味に対する感度が低下するのが一因といわれている。塩味を感じにくくなるから塩辛いものを好むようになる。すると血中の塩分濃度が高まり、それを薄めるために血液の水分が増えて、血圧が上がる。

逆に普段から甘いものを食べ慣れていると、自然に糖分のとりすぎで糖尿病になりやすいでしょうね。ちょっと気をつけなきゃ。

ハヤモンの心の中にわいた疑問

味覚がシグナルだとすれば、体に良くないといわれながらも、食べるのをやめられない嗜好品などは、一体どういうシグナルなんだろう?

 

実は日本人が考えた『医食同源』

まあ、食べものが健康に直結しているのは間違いないところで、だから『医食同源』などという言葉が生まれたんだろう。さすがに歴史ある中華料理の国は、言葉にも深みがあるね。

ところが違うようですよ。医食同源は中国に昔からあった言葉じゃなくて、最初に使ったのは日本人、1972年にNHKの料理番組に出演した臨床医が使ったと記録されていますから。これを受けて、同じ年に『医食同源 中国三千年の健康秘法』と題した本が出版されて、その頃からでしょう、医食同源の考え方が日本で広まりだしたのは。

『医食同源 中国三千年の健康秘法』について

ただ食べものが大切という考え方は、もちろん古代中国からあったわけで『周礼』に記されているね。この書ではまず医師を食医、疾医、瘍医、獣医の4種類に分けている。疾医は内科医、瘍医は外科医で、食医とは食事指導をする医師のこと。未病を重視する東洋医学では、食べものが健康を保つための重要な要素だった。周礼の成立時期は正確なところはわからないけれど、たぶん紀元前11世紀ぐらいといわれているから、歴史は古いよね。

『周礼』について

食べものは健康に深く関わっているだけではなく、もっと直接的な効果もある。例えばコーヒーを飲めば頭がシャキッとするし、寒いときに生姜湯を飲めば、体がほっこりと温まる。こうした体の反応は、カフェインやジンゲロールなどの成分のはたらきなわけでしょう。体に入れるものに含まれている成分が、体に何らかのスイッチを入れる。ということは、やはり食べものは、シグナルの役目を果たしているといえるんじゃないかな。

 

体に入れたもので体は調節される

細かい話をするなら、食べものに含まれているもの、ミクロレベルでいえば化合物が細胞内で、遺伝子に何らかの作用を及ぼすのは間違いないところ。だから、食べるものによって、体が変わる可能性は高いよね。

その話、めちゃくちゃ納得です。私も、いろんなダイエットを自分で試してきたからなあ……。キューッとやせたと思って安心して食べ始めると、リバウンドでドカンと太ったこともあるし。

私の知っている介護施設は、入所者を要介護ゼロに戻して退所させるので有名なんだが、その秘訣は次の4つだという。まず1日に必要な食事をきちんと食べること、同じく1日に必要な水分をとること、そして日中の運動と生理的な排便を欠かさず行うこと。

逆にいえば、きちんと食べたり飲んだりしていないと、要介護レベルが上がっていく可能性があるわけだ。

そこでは1日1500kcalの常食、つまりきざみ食や流動食ではなく、健康な人が普段食べている食事をとるようにしている。食事には栄養源としての要素と楽しみとしての要素があり、しっかり噛んで味わいながら食べるのは、楽しみとしての食事になるという。

充実した食事が、体を健康に保つシグナルになっている可能性は十分考えられるな。だから流動食しか食べていないと、それを常態と体がみなしてしまい、どんどん弱っていく。

水分摂取は認知症に伴う周辺症状にも効果的、そんな論文もいくつかあったように思います。

その施設では水分摂取も1日1500ml以上を目標にしている。実際にこうした水分ケアにより認知症も改善されているようだ。水分は細胞の環境を快適に保ち、代謝を活性化させる。ひいては細胞を活性化させるからな。

ということは、水分は細胞を活性化するシグナルとして働く可能性があるわけですね。

水を含めて体の中に入れるもので、体はつくられているわけでしょう。だから、大げさではなく「食べものが人生を左右する」といっても、決していい過ぎなどではないと思うよ。

用語集

アルカロイド

植物由来の窒素を含む有機塩基類で、強い生物活性を有する化合物群。動物や微生物が産生する有害な含窒素化合物や、幻覚剤であるLSDなど非天然型の化合物もアルカロイドに含めることが多い。

 

李氏朝鮮の国王の死因

カニと柿はどちらも体を冷やすとされる。この食べ合わせが、李氏朝鮮の国王景宗の死因とされている。

 

受容体たんぱく質

受容体とは、さまざまな分子と特異的に結合し、その刺激を感知する構造体のこと。受容体タンパク質は細胞膜上に存在し、何らかの反応を引き起こして情報を細胞内に伝え、細胞の変化を引き起こす。

 

イオンチャネル

膜に存在するタンパク質で、刺激に応じて開閉しイオンが通過する小孔を形成する。

 

『医食同源 中国三千年の健康秘法』

著者は藤井健氏(中国名:蔡一藩氏)、東京スポーツ新聞社より1972年に出版された。この本が出版されて以降「医食同源」と題した書籍が、多数出版されている。

 

『周礼』

中国の儒教教典の一。三礼(さんらい)の一。周公の作と伝えられるが、成立は戦国時代以降。周王朝の官制を天地春夏秋冬の六官に分けて記述したもの。

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