02
02
人類の歴史とはある意味、地球の環境をひたすら変えてきた歴史ともいえます。
自然環境を利用して巣をつくるような生物はいるけれども、
コンクリートなどを使った人工的な生態系をつくりだしたのは人間だけです。
地球の46億年にも及ぶ歴史のなかで、
わずか20万年前に誕生したホモ・サピエンスだけが、
なぜそのような能力を身につけられたのでしょうか。
地球上の他の生物と比べて、人類はどこが・どのように強くなったのか。
人類の歴史を振り返りながら、人の強さの本質を考えてみます。

死にたくない、だから強くなった

人は、類人猿に属するヒト科の1種です。同じヒト科には他にチンパンジー、ゴリラ、オラウータンが属しています。遺伝学的にはチンパンジーが、人に1番近い。けれども、人とチンパンジーの生き方はまったく異なります。最初の人類となる原人がチンパンジーと分かれたのは、約600万年前といわれています。それ以降、人はチンパンジーはもとより、他の動物たちとまったく異なる進化を経て、地球での今の暮らし方を手に入れました。なぜ、人だけが他の生き物とは、まったく違う暮らし方をできるようになったのでしょうか。

なぜネアンデルタール人は滅びたのか

この間、ドクターケイから人の歴史について教わったでしょう。あの話がとてもおもしろかったから、図書館に行って少し調べてみたの。そうしたら大昔には、ネアンデルタール人がいて、私たちの先祖と交流していたという話を見つけた。ところが、そのネアンデルタール人たちは、2万8000年前ぐらいに滅んでしまったと書いてあって、ほんとびっくりしちゃった。

よく、そんな話を自分で調べたね。せっかくだから復習も兼ねて説明すると、人の祖先は原人、旧人、新人の3つに分けられる。新人に属するホモ・サピエンスが、我々の先祖だ。カホちゃんの話に出てきたネアンデルタール人は旧人の1種、そして原人にはホモ・ハビリスやホモ・エレクトゥスらの種が属していた。

ヒト属にはいろいろな種類がいたけれども、最終的にはホモ・サピエンスしか生き残らなかったんだよね。そのホモ・サピエンスが誕生したのは20万年ぐらい前だったわけでしょう。そしてネアンデルタール人が滅んだのが2万8000年前ぐらいだったということは、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、同じ時期に地球にいたってことだよね。

そのとおりだな。

じゃあ、どうしてネアンデルタール人が滅んでしまって、私たちの祖先だけが生き残れたのかな。

その理由は、実はよくわかっていないんだ。カホちゃんは、どうしてだと思う?

例えば気候などの環境が変わってしまったとか、あるいはネアンデルタール人たちが大好きな食べものがなくなった…?もしかして、私たちの先祖、ホモ・サピエンスと争って負けちゃったとか?でも、そんなことないか。ネアンデルタール人と私たちの祖先の間に生まれた子どももいたって書いてあったよ。

よく調べているな。専門的な話になるが、遺伝子を調べるとネアンデルタール人とホモ・サピエンスを両親とする子どもがいたのはおそらく確かだろう。ただし、私たちとネアンデルタール人の脳組織を比べると、ネアンデルタール人のほうが後頭葉が大きく小脳が小さいなどの違いがあったようだ。

https://www.nature.com/articles/s41598-018-24331-0

※ネアンデルタール人が滅びた理由として考えられている11の項目

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.00964240

 

 

死者を意識すること、命を確認すること

脳組織に違いはあったけれども、ネアンデルタール人もホモ・サピエンスと同じように死者を埋葬していたらしいね。

フランスのラ・シャペローサン遺跡のことですね。100年以上前に発掘されたネアンデルタール人の骨は、明らかに意図的に埋葬されていた。10年以上に渡ってきめ細かく分析された結果、埋葬の事実が認められた。もちろん、すべてのネアンデルタール人が、死者を埋葬していたとまではいえないのでしょうけれど。

https://doi.org/10.1073/pnas.1316780110

死んだ人のお墓をつくるのって、今では当たり前だけれど、昔はそうじゃなかったんだね。私たち、ホモ・サピエンスのお墓は、いつぐらいからつくられるようになったの?

2021年5月に『Nature』に発表された論文には、アフリカで7万8000年前の人のお墓が見つかったと報告されているよ。これが今のところアフリカ最古の例となるようだ。

https://www.nature.com/articles/s41586-021-03457-8

お墓をつくるって、どういう意味だったんだろう?

どうしてだと思う?

それはやっぱり親しい人が死んでしまうと、悲しいからだと思うけど…。

7万年ぐらい前のネアンデルタール人のお墓でも花が飾られていたり、病気を治すためらしい薬草が一緒に埋められていたらしいな。

そんなことをするのは、生き返ってほしいからとも考えられるね。でも、死んだら生き返らない、というのは私たちは知っているけれど、昔の人はわかってたのかな。そう考えれば、人間以外の生き物は、自分が死ぬことをわかっているのかなぁ?

また、おもしろい質問を思いつくなあ。

霊長類の中でも人間に最も近いチンパンジーには、死に対する意識が少しはあるようだ。10年ほど前にそんな研究結果が発表されていた記憶がある。ただ、人間よりも死を強く意識している生き物はいないだろう。

生命にはいずれ終わりがある、それが人間にはわかっている。だから少しでも長生きしたいと思うんじゃないのかな。

 

ハヤモンの心の中にわいた疑問

“なぜ、人間だけが自分の死を意識できるようになったのだろう。あるいは、人に近い類人猿たちも、実は自分の死を意識しているけれども、それを人間が確認できていないだけという可能性はないのだろうか”

 

 

少しでも長く生きたい、そのために

チンパンジーも、仲間の死は理解するようですね。『Pan thanatology』という論文で読んだ記憶があります。死んだ仲間の体を揺さぶって確かめたり、そばに寄り添って離れなかったりと書いてありました。

https://doi.org/10.1016/j.cub.2010.02.010

おそらくは死んでいるとか、生きているぐらいの区別はつくんだろうな。そして死んでいる状態が、何か特殊な状態であることもわかるということか。

でも、仲間が死んだからといって、自分もいずれ死ぬなんて思うのかな。動物たちが頭の中で考えていることまでは、はっきりとはわからないよね。でも、少なくとも私はこれまで、自分が死ぬなんて考えたことは1度もなかったけど。あっ!でも、死ぬことをなんとなく意識したことはあるかも。隣のタケGがときどき「わしも、いつかは死ぬんだよ」なんていってるよね。もしかすると人は何歳ぐらいからなのか、その時期はわからないけれど、いつかは自分も死ぬんだって思うようになるのかな。

そうだと思うよ、だからなんとかして死にたくないとか、もっとわがままに永遠に生きたいと考える人が昔からいたんだろうね。この「未来のことを想像して考える」力も、人間だけが持っている能力かもしれないね。

ところでカホちゃんは、秦の始皇帝を知っているかな?

「しんのしこうてい?」

紀元前200年頃の中国に秦という国があったんだ。その国を治めていたのが始皇帝、この人が「不老不死の薬を探せ」と命じた記録が、2002年に中国で見つかっている。たぶん始皇帝も、いつかは自分が死ぬと思った。だからこそ死なないための薬を手に入れたくなったんだろう。ここから先は伝説になるけれど、始皇帝の命令を受けた家来の1人に徐福という人がいてね、この徐福さんは日本にも来た、といわれているんだよ。

そういえば徐福伝説は、日本各地に残されているな。なかでも最も有名なのは和歌山県熊野だろう。

不老不死の薬を世界中で探させたのなら、きっとたくさん見つけたんでしょうね。

でも、見つからなかったんだよね。もし本当に不老不死を実現する薬が見つかってたら、どうなってたと思う?

それは、きっと今とはまったく違う世界になってたんだと思う。

もちろん実際には誰もが死を免れないわけだ。それでも秦の始皇帝は不老不死を求めた。もっともそれ以前から中国では、中国流の医学が独特の発展をしていたようだ。

それって、私たちが今お医者さんでやってもらう治療とは違うの?

西洋医学とは違うけれども、その効果はある程度実証されているよ。例えば鍼灸(しんきゅう)、要するに体に針を刺して調子の悪いところを治したり、お灸をすえたりする治療法は、効果があると認められているから。

針なんか刺したら痛いし、お灸って熱くてやけどするんじゃないの?

ところが、正しい位置に、正しい深さで針を刺せば痛みはなく、効果も明らかにある。中国の医学には4000年にもわたる歴史があるんだ。その歴史の中で効果があるとされたものが、今に続いているわけだから、歴史が証拠になっているといってもいいだろう。

4000年!じゃあ西洋医学の歴史は、どれぐらい古いの?

西洋医学もギリシア時代からあったよ。ただ画期的な成果が出たのは比較的最近の話だね。18世紀までは死に至る病として恐れられていた天然痘の治療法を、ジェンナーが発見したのは1796年、これも恐ろしい病気とされていたコレラや結核を引き起こす細菌をコッホが発見したのは1882年、感染症に効くペニシリンをフレミングが見つけたのは1928年だ。

ヨーロッパにだってお医者さんは昔からいたんだよね。つまり自分がいつか死ぬことを人間は知っていた。だからこそ人間は病気を恐れていて、病気になったら何とかして治したいと考えたんだ。

秦の始皇帝について

 

病との戦いが医学の発達につながり、人間を強くした

医学の歴史は、中国と同じく4000年前のエジプト文明にも残されている。カホちゃんがいったように、大昔から人は、死ぬことを恐れていたんだろう。だから、まず病気にならないようにと考えたんだろうな。

病気になりたくないなんて考える生き物は、きっと人間だけでしょうね。だから、人間は長生きできるようになった。治療を考えるようになった生き物なんて、人間以外にはいないんじゃないのかな?

イヌは、ケガしたりすると、そこを一生懸命になめるよね。あれは1種の本能的な治療といえるのかもしれない。

細菌やウィルスなどの病原体から体を防御してくれるのが免疫だが、免疫は人間だけではなく動物にも備わっている。免疫には自然免疫と獲得免疫がある。自然免疫とは、免疫細胞が自分以外のもの、つまり細菌やウィルスなどを見つけると、それを攻撃してやっつけてくれる。

だから、カゼをひいたときなんかも、免疫さんがカゼのウィルスをやっつけてくれるって習ったよ。

獲得免疫は、1度侵入した病原体の情報を覚えておいて、同じ病原体に出会ったときにやっつけてくれるんだ。

その免疫は、人間以外の動物にもあるんでしょう?

そうだな。ただ獲得免疫を持っているのは脊椎動物だけだ。自然免疫なら脊椎動物だけでなく、1部の無脊椎動物も持っているようだ。

でも自分の体に免疫が備わっているという、そのことを知っているのは人間だけだよね。だからこそ人間は、免疫を利用する治療を考え出せた。そういうことなんでしょう?

それが医学の進歩ということだ。医学はエジプト時代に始まり、ギリシアやローマでも発達した。けれども、その頃に今のような顕微鏡があったわけではなく、薬草は知られていたけれども、その薬草の中のどんな成分が病気に効いていたのかがわかっていたわけでもない。

医学が急速に発展しだしたのは、20世紀に入ってからだよ。特にフレミングが発見したペニシリンは、感染症治療に画期的な効果をもたらした。そして今では、分子レベルで医薬品開発が進められている。

もちろん、医学の研究をできるのは、地球上に人間しかいないでしょう。その人間が今では、人工的に人間をつくる実験もやっていると聞いたことがあるよ。

まさに医学が人間を強くしてくれたのは間違いないし、人間は、医学によって寿命さえ伸ばそうとしている。もちろん、地球上でそんなことを考えたり、実行している生き物は、人間だけだよ。

 

 

<用語集>

秦の始皇帝

中国の初代皇帝。古代中国の戦国時代にあった秦の第31代君主。勢力を拡大して他の国を攻め滅ぼして、紀元前221年に初めて中国を統一し、史上初の皇帝の意味で「始皇帝」を名乗った。

カガクマスター シリーズ