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人類の歴史とはある意味、地球の環境をひたすら変えてきた歴史ともいえます。
自然環境を利用して巣をつくるような生物はいるけれども、
コンクリートなどを使った人工的な生態系をつくりだしたのは人間だけです。
地球の46億年にも及ぶ歴史のなかで、
わずか20万年前に誕生したホモ・サピエンスだけが、
なぜそのような能力を身につけられたのでしょうか。
地球上の他の生物と比べて、人類はどこが・どのように強くなったのか。
人類の歴史を振り返りながら、人の強さの本質を考えてみます。

強いってどういうこと?

地球で最強の生き物は、人間だ。果たしてこのように、いい切ってもよいものなのでしょうか。確かに、地球の環境を自分たちの思うままに変えてきたのは人間だけです。その結果として、多くの生物が絶滅に追いやられました。絶滅してしまった生物たちと比べれば、人間は強いといえるのかもしれません。けれども、力に関しては人間より強い生き物はたくさんいるし、いま多くの人が望んでいながら、まだ手にしていない“長生き”を享受している生き物もたくさんいます。一方で人は、地球温暖化など自分たちが暮らす地球に対して深刻なダメージを与えてもいます。人がめざすべき“強さ”とは、一体どのようなものなのでしょうか。

果たして人間は本当に強いのか

これまでホモ・サピエンスの歴史を振り返ってきて、今のところ地球の生き物の中では、人を強いといっていいような気がするんです。けれども一方では、それは違うだろうという思いも拭い去れなかったりもして、なんとも悩ましいんですよね。

実際のところ、どうなんだろうね。以前にも議論になったけれど、そもそも何を以て“強い”というのか。ことばの厳密な定義が必要じゃないかな。

人間はこれまで、地球の環境を自分たちの都合のいいように変えてきた。環境を変える力を持つという意味では、強いといえるのかもしれない。けれども環境を変えてしまった報いも受けていて、その象徴の一つが地球温暖化だろう。2021年の6月末ぐらいからアメリカの北西部やカナダで、50℃近い異常な高温が続いて多数の犠牲者が出ている。これなどはおそらくこれまでに大量に排出されてきた温暖化ガスの影響だろうな。

温暖化によりシベリアのツンドラの下に閉じ込められていたメタンが溶け出して、温暖化を加速させるポジティブ・フィードバックに入ったという説もある。

一連の出来事を象徴することばが『プラネタリー・バウンダリー』だと思うよ。地球というシステムには恒常性を維持するフィードバックシステムが働いているけれども、一定の閾値を超えてしまうとシステムそのものが破綻してしまうんだね。

そこでいわれているのが「人新世」ですね。約1万1700年前に始まった「完新世」に次ぐ時代をあらわす言葉で、地質年代を決める国際学会ではまだ認められていないようですけれど。ともあれ人類が地球環境を変えてしまった結果、生物が大量絶滅しているのは間違いないようです。海洋のプラスチックごみの問題がクローズアップされて、ようやく一般的にも知られるようになっているし、既にサンゴ礁などは壊滅的な打撃を受けているじゃないですか。

おそらく多くの人は、自分たちが快適に暮らしている反面で、多くの生物が絶滅に追いやられているなどとはあまり意識していないのだろうな。買い物のときに“ビニール袋は必要ですか?”と尋ねられるようになり、少しは考えるようになったのかもしれないけれどね。

これまでのところ自分たちは快適に暮らせているから、それでいいじゃないかと地球環境のことまで深く考える人は、あまりいなかった。でも、最近の異常気象などを見ていると、そうもいってられないようですね。

 

プラネタリー・バウンダリーについて
人新世について

 

 

人間よりも長生きな生き物たち

 

長生きに関しては、人間なんか足元にも及ばない生き物が地球にはたくさんいる。脊椎動物でいえば北大西洋にいるニシオンデンザメが、最長寿だろう。サイエンス誌に掲載された記事によれば、推定される最長年齢は392歳(±120年)だといわれている。ということは、最長では500歳を超える可能性もあるわけだ。

https://science.sciencemag.org/content/353/6300/702.abstract

※ニシオンデンザメ

 

 

 

日本の海にいるベニクラゲも長生きといえるだろうし、単細胞の細菌などは細胞分裂を繰り返す限りずっと生き続けている。なにしろ単細胞生物は、テロメアによる細胞分裂の制限回数がないから、永遠の命を持っているともいえる。

一般に生き物は高齢になると、死亡率が高くなりますよね。それなのに長生きできる生き物たちは、どこが違うのでしょう?

例えば、人の死因ではがんが大きな要因となっているよね。ところが、ゾウががんで死亡する確率は、人と比べてかなり低いらしい。寿命でみれば、ゾウもだいたい70年ぐらいだから、人より15歳ぐらい短いだけだけれど。

それは変ですね。がんは遺伝子の変異によって、細胞ががん細胞になるため発症するわけでしょう。それなら人よりも細胞数の多いゾウのような大型動物のほうが、がんを発症する確率も高いはずじゃないですか。

そこで注目されるのが、p53遺伝子だ。この遺伝子は、細胞増殖の際にエラーが起きると、アポトーシスを誘導させる。このp53が人の細胞には1つしかないけれども、ゾウには20個ほどあるらしい。

https://doi.org/10.1016/j.celrep.2018.07.042

もう少し詳しく説明すると、p53遺伝子によってつくられたタンパク質が、遺伝子LIF6を活性化し、その結果としてエラーを起こした細胞を死滅させる。

大きな生き物のなかでは、クジラもがんの発症率が低い。これもDNA修復に関する遺伝子のせいだといわれているね。あと長生きする動物といえばハダカデバネズミもよく知られているけれど、彼らのがん耐性には高分子量ヒアルロン酸が関わっていると報告されているね。

https://www.nature.com/articles/s41568-018-0004-9

長寿に関わる遺伝子といえば、SIRT6(サーチュイン)もそうですよね。別名・長寿遺伝子、まさに長生きに関わる遺伝子でしょう。SIRT6によってつくられるSIRT6タンパク質のおかげで、DNA修復が効率的に行われ、だから長生きできる。ここまでわかっているのだから、人にもいろいろ応用できそうじゃないですか。とまた、そんなことを考え出すと、どうして人間だけが長生きしたがるんだって話にもなりそうですけれど。

 

テロメアについて

 

長生きの意義を見つける

長生きの良し悪しは一旦置くとして、少なくとも老化を遅らせるのは可能になりつつある。「老化は病気であり、つまりは治せる」とデビッド・シンクレア教授は『LIFE SPAN』で訴求している。

ニュージーランドの若者を対象としたコホート調査によれば、老化のスピードにはずいぶんと個人差のあることも明らかになっているね。暦年齢では同じ38歳なのに、テロメア測定など18種類のバイオマーカーで測定した生物年齢では60歳とされた人がいる。その一方で30歳ぐらいとされた人もいるらしい。これほど老化に差が出るということは、何らかの原因があるはずだから、その原因を突き止められれば、老化を抑えられる可能性は出てきそうだ。

https://www.pnas.org/content/112/30/E4104

同じ年齢なのに老化に違いがある、ということは、見た目も違ってくるわけですか。

そういうことになるだろうね。

双子を対象とした追跡調査を行い、見た目と寿命などの関係を調査した研究がある。これによると双子のうちで老けて見えるほうが、先に死亡する傾向が見られたようだ。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2792675/

老化は見た目にも現れる、当然体の内面も老化している。当たり前のように思えるけれど、結構恐ろしい話ですね。

Hallmarks of Agingなどで示されているこれまでの研究成果によれば、今のところ老化の原因は次の9つとされる。ゲノム不安定性・テロメア短縮・エピジェネティックな変化・タンパク質の恒常性喪失・栄養感知の異常・ミトコンドリアの機能不全・細胞老化・幹細胞の枯渇・細胞間のコミュニケーション。なかでもエピゲノムの制御が重要で、例で説明するなら、たくさんある遺伝子が、通常は物置の中できちんと整理されている。だから、必要に応じて物置の中から適切な遺伝子が選ばれて使われるから、何も問題は起こらない。ところが何らかの要因、例えば地震のようなことが起こると、物置の中がぐちゃぐちゃになってしまう。そうなると適切な遺伝子を取り出すことができなくなってしまう。これがエピジェネティックな変化であり、そうなると老化のスイッチが入ってしまう。

ほかにもテロメアが短くなると、ゲノムが不安定になり変異が入りやすくなって疾患になるリスクが高まることもわかっているわけで、確かに老化の原因は明らかになりつつあるね。そして、原因が明らかになってくれば、これから先に対処法が見つかる可能性もあるわけだ。そこでもう一度、私たちは自分に問う必要があるんだろうね。

つまり、何のために長生きをするのか。長生きをして、何をしたいのか、ですね。

 

 

1人ひとりが長生きの意味を考える時代

とりあえず仕事をしたい、というのは長生きを望む適切な理由になるんだろうか。

そんなに仕事をしたいのか。

そう。とにかくやりたいことがいくらでもあるのに、そのために使える時間は限られている。今何がうらやましいかといえば、キリンですよ。なぜならキリンは一日20分しか寝ないでも済むらしい。しかも熟睡するのはたったの1分だけだと。

それって、すごすぎですね。

イルカも寝ないと聞いたことがあるよ。たしか、脳を半分ずつ休ませていて、常に半分は覚醒しているという。でも、そこまでして仕事をやりたいというのもすごいね。

自分の原点はウェルナー症候群で、思春期を過ぎたばかりなのに早くも老化に悩まされる人たちがいる。これを何とかして救いたいと思ったから、研究者の道へと進んだ。そこから老化の研究につながり、今にいたっているわけです。ただ、老化の研究は時間が必要で、とにかく時間が足りない。だから仮に強くなることのなかに長生きも含まれるのなら、もっともっと強くなりたいのだけれど。

最初の疑問に戻りましたね。強くなるって、一体どういうことなんでしょう。そもそも、人間はこれまで強くなってきたといえるんでしょうか。

私は、他の生き物と比べて人が強いとか弱いという競い合いや、人同士の競い合いなどには、ほとんど意味などないと思うけれどね。そもそも争いごとが大嫌いでもあるし、自分と他人を比べて強いかどうかを気にしても意味ないんじゃないかな。武道の世界における究極の戦いとは、戦わずに済ませること。これが理想だからね。

私も、少なくとも誰かと戦って勝つのが強いとは思わないね。やはり生きることとは、自分との戦いじゃないか。

長生きできるようになればなるほど、自分は何のために生きているのかを考えなければならないような気がする。

だからこそ人生は楽しいんじゃないですかね。私もハヤモンみたいに、自分の研究が誰かの役に立つと信じているから、その研究を究めるためには少しでも長生きしたいですよ。もちろん、元気で長生きするためには、おいしいものをたくさん食べなきゃ、ですしね。

 

ハヤモンの心の中にわいた疑問

“確かに、長生きはしたい。けれども、何のために長生きしたいのか、あるいは長生きして何をしたいのか。この問いに答えられる人は、一体どれぐらいいるのだろうか”

 

 

<用語集>

プラネタリー・バウンダリー

人類が生存できる安全な活動領域と、その限界点を定義する概念。地球(惑星)の限界とも呼ばれる。9つの指標のうち「気候変動」「生物圏の一体性」「土地利用変化」「生物地球化学的循環」については、人間が安全に活動できる境界を越えるレベルに達していると指摘されている。

 

人新世

人類が地球の地質や生態系に与えた影響を発端として提案された、想定上の地質時代。地球温暖化などの気候変動、大量絶滅による生物多様性の喪失、人工物質の増大、化石燃料の燃焼や核実験による堆積物の変化などを特徴とする。

 

テロメア

染色体の末端にあり、特定の塩基配列の反復とタンパク質から成る構造物。細胞分裂をするたびに短くなり、細胞の複製時の際にエラーが起こったりDNAが損傷するのを防ぐ働きがある。動物、植物など、細胞の中に細胞核をもつ真核生物にだけ存在する。

ヒトをはじめとする哺乳類では、テロメアにTTAGGGという塩基配列が並んでおり、ヒトの場合で1万回以上繰り返される。1回の細胞分裂でこれが25~200ずつ減り、5000ぐらいまで減ると細胞が分裂しなくなる。そのため、ヒトの体細胞が分裂できる回数はおよそ50回から70回までで、これを超えると増殖せず細胞老化という状態になる。また、加齢にしたがってテロメアが短くなっていくことから、生体の寿命にも関連していると考えられている。

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