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人が生きていくためには、食事すなわち「食べる」ことが欠かせません。
『会話篇』では、食事がもたらす影響から始まり、
食べたものの体内での処理までを大まかに見ていきました。
『マニア編』では、食べものを「シグナル」として捉えて、
食べたものが体内でどのような影響を及ぼすのか、
食べものと健康長寿の関係性などについて紹介していきます。

健康長寿の食べるサイエンス

食べものはシグナルであり、食べたものによって体がつくられる。そして地球上の生物のなかでヒトだけが、ありとあらゆるものを食べるようになった結果、他の生物とは一線を画す存在へと進化した。食べものの危険を察知する上でもヒトは、シグナルを的確に捉える感覚も進化させてきたのです。ところが、文明の発達によりヒトだけが、食物を人工的につくり出すようになった。遂に自然界には存在しなかったものまで食べ始めたヒトは、その報いも受け始めている。何を、どう食べれば、言い換えれば食物によってどんなシグナルを与えれば、健康寿命を伸ばせるのでしょうか。

何を食べるとよいのか

健康食の代表として地中海式メニューがいわれている。その健康効果は科学的に実証されているけれど、なぜ地中海食が体によいのだろうか。

Lancetに「Mediterranean alpha-linolenic acid-rich diet in secondary prevention of coronary heart disease(※1)」が掲載されたのは1994年だった。これはrandomised single-blinded secondary prevention trialで、αーリノレン酸を豊富に含む地中海式食事療法の効果を、心筋梗塞後の通常の食事療法と比較したものだ。結論からいえば、地中海式食事は、心筋梗塞や脳卒中などの心血管イベントリスクを大幅に下げることがわかった。この研究報告以降だな、地中海食が注目されて様々な研究が行われるようになったのは。

α―リノレン酸について
※1:https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(94)92580-1/fulltext

2013年、New England Journal of Medicineに掲載された「Primary Prevention of Cardiovascular Disease with a Mediterranean Diet(※2)」では、地中海食が心筋梗塞や脳卒中を起こしていない人の発症リスクを下げると報告されているね。ただし地中海食の何が、どのように健康によいのか。理論的に因果関係が分析されているとは、まだいえないのじゃないかな。


※2:https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa1800389

推測ですけれど、おそらくは脂質、それも脂肪酸がカギなんじゃないでしょうか。地中海食にはオリーブオイルや魚など不飽和脂肪酸が多く含まれている一方で、牛肉など飽和脂肪酸が含まれているものはあまり食べない。あとは野菜類をたくさん食べるので食物繊維が増えるのでしょうね。

論文を詳しくみていくと、地中海食の定義にもいろいろ違いがあるようだから、一概にはいえないだろう。ただ、地中海食の中には、体に良さそうなシグナルが多く含まれていそうだ、ぐらいの解釈が妥当じゃないか。

では、和食はどうなんでしょうね。和食=ヘルシーみたいなイメージもあるけれど……。

これは難しい問題だね、そもそも和食って何なのか。きちんとした定義がないわけだから。

しかも和食といっても、時代によって内容は大きく変わってきているはずだし、地域差も大きい。漬物などで白米をたくさん食べるような地域の和食は、少なくとも健康長寿食とはいえないんじゃないか。

2013年に和食がユネスコ無形文化財に登録されたでしょう。これを記念して開設された農林水産省のホームページには、和食の特徴として次の4つが書かれていますよ。第1が多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、第2は健康的な食生活を支える栄養バランス、第3が自然の美しさや季節の移ろいの表現、そして第4では正月など年中行事との密接な関わり。

体への影響という点では、第1と第2の特徴が当てはまるんだろうが、これはトートロジーというか、そもそも健康食とは何かを説明する文章のような気もするな。

 

ハヤモンの心の中にわいた疑問

体に良い食べ物はある程度わかっているけれども、それらの食べものがどういうメカニズムで健康に役立っているのかは、まだまだわかっていない?

どのように食べるとよいのか

 

何を食べるかも大切だけれど、どのように食べるのか、いつ食べるのかも重要な論点じゃないかな。

1日に何回食べるか、食事と食事の間の時間をどれぐらいあけるのがよいのか。これについては諸説あるようだね。私は1日1食で済ませることも多いけれど。

それで毎月、数日は断食するのでしょう。よく持ちますよね。私なんか1日2食に減らすだけでも、お腹がすいてダメ人間になりそう。

2021年2月に発表された大阪大学の疫学研究(※3)によれば、夕食を毎日食べない大学生は、体重増加や肥満のリスクの高いことが明らかになったようだ。

※3:https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210202_2

じゃあ私は、晩ごはんを必ず食べるから大丈夫かな。もちろん朝ごはんもきちんと食べるし。

ところが問題は朝ごはんという説もある。空腹が16時間続くとオートファジーが働き始めて、細胞の再生が進む。カロリー制限が長寿法として話題になったのは、もう30年ぐらい前の話で、エビデンスもかなり積み上がっている。晩ごはんを夜7時に食べるとすれば、それから16時間後は午前11時になる。朝ごはんを抜いて、朝昼兼用で早めの昼ごはん、というのがいいのかもしれない。

オートファジーについて

そもそも日本で1日3回食べるようになったのは江戸時代からで、それ以前は1日2食だったらしいしね。

16時間食べない、そして1日2食かあ。私だったら、どうしたらいいんだろ。晩ごはんを抜くのは絶対に嫌だから、夜7時に食べるとする。すると次に食べていいのは、翌日の11時か。それならもう1時間ずらして、お昼ごはんを12時に食べて、晩ごはんは8時とかにするのがいいかも。

ただし、体内時計との関連で朝食を取らないデメリットも指摘されている。体内時計には中枢時計と抹消時計の2種類あり、中枢時計は日光を浴びることにより、抹消時計は朝食を取ることによりリセットされるようだ。

人間の体内時計は24時間11分で、少しずれている。これをリセットするのが健康に良い、そんな研究が確かハーバードから出ていた。これは食事そのものを体へのシグナルとして捉える考え方だ。

じゃあ朝ごはんを7時に食べて、晩ごはんを15時ぐらいにする……。それはちょっと無理っぽいな。

Natureには、夜明けから日没まで14時間断食すると、メタボシンドロームが改善されるばかりか、糖尿病や老化まで抑制するプロテオームが誘発された、という論文が掲載されていたな(※4)。

※4:https://www.nature.com/articles/s41598-020-73767-w

プロテオームについて

食べ方次第で老化も抑えられる?

14時間がいいのか、16時間がベストなのかは議論のあるところだとしても、お腹を空かせることに効果があるのは間違いないようだね。実際、私は1日1食が多くて、今は慣れてしまったけれど、最初の頃はずっとお腹が空いていた。ところが、それでも意外なほどに体の調子は良かったから続けているんだ。

腹八分目が老化制御に役立つといった研究成果も出ていますね。金沢医科大学の研究チームの報告によれば、カロリー制限を7週間続けたところ、長寿遺伝子サーチュイン1の量が増えて、ミトコンドリアの数も増加したと。

一昔前の沖縄は長寿県として有名だったが、これも食生活が影響しているといわれる。米国人研究者の報告によれば、沖縄の伝統食はカロリー制限食になっているそうだ。

歳を取ると、食べすぎないことが大切なのかあ。私はまだ大丈夫だろうけれど、これから気をつけないといけないな。

老化による味覚の変化も、1つ大きなカギだろうね。甘いものや辛いものに対する感覚が鈍ってくると、どうしても塩をかけすぎたり、糖分を取りすぎたりする。どっちも体に良くないのは明らかだからね。なんちゃって断食のプロとしていわせてもらうなら、たぶん週に1日だけでいいから水だけで過ごすプチ断食でも効果があると思うよ。

それも私にはかなり無理っぽいけど。

オートファジーの活性化を考えるなら、プチ断食はいいアイデアかもしれない。丸1日がんばれなくても、本当にお腹が空いてたまらないぐらいまでがまんするといいのじゃないかな。

逆にいえば、だらだらと食べ続けるとか、特にお腹が空いているわけではないのに、おやつに手を伸ばすのがいけない。

3時のおやつを食べられなくなるのは、結構つらいけど、ガマンしたほうがいいわけですね。でも、辛抱ばかりするんじゃなくて、元気で長生きするために、たくさん食べたほうが良いものもあるのでは。

 

サイエンスが教えてくれる長寿成分

それについてはエビデンスのある食品成分が、いくつかわかっている。まずはNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)だ。ナイアシンと呼ばれるビタミンB3からつくられる物質で、体内でサーチュイン遺伝子を活性化させるNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)になる。

NMN投与マウスには、明らかな老化抑制効果がみられたと、ワシントン大・今井眞一郎教授らの研究成果にある。NMN投与による身体的フレイル改善効果についての研究を大阪大学・中神教授らのチームが行っていて、こちらも明らかな成果が出ている。

健康長寿に役立つ成分は、ほかにもいくつか明らかになってきているね。例えば納豆に多く含まれるスペルミジンはオートファジーを活性化してくれるし、ポリフェノールの1種であるレスベラトールも体にいい。これは糖や脂肪分の多い食事と一緒にとることで、脂肪組織の炎症を抑えて血管機能を改善してくれる。ポリフェノールが多く含まれるのは赤ワインだから、いわゆるフレンチ・パラドックスにはちゃんとした理由があったといえるのかもしれないな。

フレンチ・パラドックスについて

ラパマイシンも、健康長寿に効果的という説も聞いたことがあります。

ラパマイシンについて

ラパマイシンは、拒絶反応や免疫抑制薬として使われる成分だな。ただ、免疫抑制作用が強いから取り過ぎには十分注意する必要があるけれど。

ということはカロリー制限をして、食事はお腹が空くまでは食べない。できれば1日2食で、1日に10時間以上何も食べないようにする。さらにプチ断食ができればベストということか。

そして食べるのは、地中海式メニューを参考にしたり、日本の伝統食を塩分に注意しながらとる。納豆などの発酵食品は、積極的に食べるようにする。

さらにサプリメントでNMNを補うよう心がければ、メチャメチャ元気で長生きできるんじゃないか。

 

用語集

α―リノレン酸

必須脂肪酸の1つ、植物油に多く含まれている不飽和脂肪酸でオメガ3系脂肪酸に属する。

オートファジー

すべての真核生物に備わっている細胞内の浄化・リサイクルシステム。細胞内の変性タンパク質や不良ミトコンドリア、さらには細胞内に侵入した病原性細菌などを分解して浄化し、さまざまな病気から生体を守っている。栄養状態が悪くなったときには、過剰なタンパク質を分解して、生存に必要なタンパク質にリサイクルする。

プロテオーム

すべてのタンパク質を意味する。タンパク質(=protein)+すべての(=ome)を組み合わせた造語。

フレンチ・パラドックス

過度の肉食や飲酒は体に良くないと考えられているが、フランス人は肉を多く食べ、ワインも飲む。にもかかわらずフランス人は、他の西欧諸国に比べて心臓病による死亡率が低い。

ラパマイシン

1970年代にイースター島の土壌から分離されたStreptomyces hygroscopicsが産生するマクロライド系抗生物質。当初は予想をもしなかった延命、抗がん、免疫抑制などの効果が見いだされている。

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