口からなぜ人だけがありとあらゆるものを食べるのか
日本人と海外の人って、大人を見ればよくわかるけれど、体型に違いがあるでしょう。日本人の中でもお相撲さんのように、特別大きな人たちもいるじゃないですか。同じ人間なのに、どうしてこんなに違ってしまうのかとっても不思議で、その訳を教えてください。
昔フランスに、こんなことをいった人がいる。
「あなたが普段から食べているものを教えてほしい。あなたがどんな人であるか、当ててみせよう」と。
これは『美食礼賛』という本を書いたブリア・サヴァランの言葉だよ。
わかるような、わからないような……。
毎日食べているもので、体がつくられているのはわかるよね。
その話はこの間教えてもらったよ。私が健康で毎日過ごせているのは、お母さんが、きちんと考えてつくってくれたものを食べているからでしょう。
そのとおり。食べものは健康を保つためにとても大切だ。そこでだ、1つ質問がある。人間以外の生き物は何を食べていると思う?
え~っ、何だろ。人間以外の生き物って肉食動物とか草食動物のことかな、そういえば昆虫たちもいるよね。みんな何を食べているんだろ……、そうか! 肉食動物は基本的に肉を食べて、草食動物は植物を食べるんだ。すると昆虫たちも種によって食べるものは、だいたい決まってるのかな?確かに人と比べれば、動物や昆虫たちは、食べるものがとても限られているような気がする。
では、もう1つ聞くけれど、カホちゃんは肉食かな、それとも草食かな。
あれ? 私はお肉も野菜も、どっちも好きだけど。というか毎日、いろいろなものを食べている。
だろう? 人間ほど何でも食べる生き物はいないんだ。だからこそ人間だけが、ほかの動物たちと違う進化を遂げたともいえるんだ。
何でも食べて大丈夫なの?
ホモ・サピエンスといえば人のことだけれど、我々が一応進化の頂点に立っていられる理由は、食べものにあるといわれているね。具体的にいえば大昔から人間は、身のまわりで手に入るものは、手当たりしだいに食べてきた。
それって、まるで私みたい。
アツモンがいってるのは、昔の話でしょう。今ならまわりにある食べられそうなものって、基本的に食べても大丈夫なものばかりだけど、大昔って決してそんなはずなかったと思うな。
そこで、またシグナルが出てくる。例えば酸っぱいものって腐ってることが多いし、苦いものは毒が含まれていることが多い。とりあえず手当たりしだいに口には入れてみるけれども、人はこうしたシグナルを感じて、危ないものは飲み込まないようにしてたんじゃないかな。
人間と食べものの関係で、もう1つ見過ごせないのが腸内細菌かな。口の中から腸の管の中まではずっと外部だという話は前にもしたでしょう。その大腸の中には腸内細菌がざっと100兆個住んでいる。そこで質問だけれど、カホちゃんは海苔巻きずしを好きかな。
もちろん大好き。
ところがアメリカやヨーロッパの人たちが海苔を食べると、意外だけれど、お腹をこわすことがあるのよ。
それっておいしくて食べすぎるから?
なるほど、カホちゃんは海苔巻きが好きだから、そう思うんだろうね。でも、お腹をこわす原因は食べ過ぎるからじゃない。海苔を消化してくれる腸内細菌を、彼らが持っていないからなんだ。日本人の大腸には、海藻に含まれる多糖類ポルフィランを分解する酵素を持つ腸内細菌、バクテロイデス・プレビウスがすんでいる。だから、日本人は海苔を食べても、お腹をこわしたりはしない。
人間の体を守ってくれるのは、腸内細菌以だけじゃなくて免疫も大切な役割を果たしているね。特に腸の免疫系が重要で、何でも食べるからにはきちんと消化したり、毒を体内に入れない、あるいは入れても免疫で対応するといった人間独特のシステムが必要だったというわけだろうね。そういうふうに進化したから、人は今のようにいろいろなものを食べながら、生きていられるともいえるんじゃないかな。
なぜ日本人だけが、バクテロイデス・プレビウスを持っているんだろう?
今の食べもの、どこかおかしい
免疫系が働くきっかけになるのも、食べるものに含まれている何かがシグナルとして働くからだね。では人工食品は、どんなシグナルとして受け止められているんだろう。
アメリカで肥満が増えた理由の1つとして、人工甘味料の開発がいわれていますね。
人は甘さに弱いからね。昔は甘いものが貴重品だったわけで、望んでも思うようには食べることができなかった。イタリアで精製糖がつくられ始めたのが18世紀の始めだけれど、その後の技術の進歩はすごかった。今使われている人工甘味料は、とてつもなく甘いからね。
アスパルテームが砂糖の200倍ぐらい、スクラロースが600倍、最新のネオテームは1万倍ぐらいもの甘さになりますよね。そこまで甘くする必要があるのかって、疑問に思うけど。
砂糖の1万倍! それって体に良くないのじゃないの?
もちろん安全性はきちんと保証されていて、食べたからといってお腹をこわしたりはしない。けれどもずっと食べ続けていると、別の問題を引き起こす可能性は否定できないだろうな。その一例が、味覚障害だろう。
味覚障害というのは要するに、糖分のシグナルを正常に感じ取れなくなることじゃないか。
めちゃくちゃ甘いものを食べているのに、舌が甘さに慣れてしまって、あんまり甘くないと感じてしまうの?
だからつい食べすぎてしまうの。ただアスパルテームのような人工甘味料はカロリーを抑えているから、砂糖をたくさん食べたときのように太ったりはしない。けれども、甘さを感じる力が弱くなってしまうと、例えば果物を食べても甘味を感じられなくなってしまうよ。
私が大好きなみかんを食べてもおいしく感じられなくなるってこと? 確かに甘いケーキを食べた後にみかんを食べると、酸っぱく感じてあまりおいしくなかったりするけど、そういうことなんだね。
食べものの未来
世界の人口はどんどん増え続けているじゃないですか。だから食料を増産できなければ、地球全体で食料不足に陥りかねないでしょう。そう考えると人工甘味料に限らず、食料を人工的に生産する必要性は否定できないですよね。
食糧生産については地球温暖化の影響も心配されるね。乾燥化が進んで耕地が減るとか、これまで栽培できていた植物を同じ土地では育てられなくなるという話もある。あるいは生活レベルが上がって、肉類を食べる人が増えると、牛や豚などを飼育するためのエサ、つまり穀類が今までよりも相当に多く必要になるともいわれる。温暖化を放っておくと、これから先いろいろ心配なことが起こりそうだな。
もしかして私が大人になる頃には、食べるものに困るようになるかもしれないの?
もちろん、そんなことにならないよう、我々も含めて世界中の研究者たちががんばっている。その成果の1つが培養肉だ。
それ、私食べたことあります。肉だけれど肉じゃない、みたいな不思議な感触でした。正確にいえば動物の肉ではなくて、可食性の細胞を組織培養してつくったお肉ですよね。
お肉じゃないお肉って、よくわからないけれど。最近見かける大豆でつくったハンバーガーみたいなものかな。
あれは代替肉っていわれてますよね。食べた感じはハンバーグに似ているし、味も結構おいしい。
じゃ培養肉の味はどうだった?
これもお肉そっくりとはいえないけれど、私はそれなりにおいしいと思った。まあ、食べものに関しては何でもおいしくいただくのが私の主義ですけれど(笑)。
技術の進歩は恐ろしいぐらいだから、そのうち味も改善されるだろうね。ただ、そのときに味を整えるために何が加えられるのかが、健康を保つ上では重要なポイントになりそうな気がするな。
原料に何を使うかによって、当然コストも変わってくる。いくらおいしくて、体にも問題ないとわかったとしても、ハンバーガーを1つつくるのに、今のマクドナルドの100倍ほどの値段になったのでは、誰も食べないだろうから。
いろいろな物質を加えてつくられた培養肉が、体にどのようなシグナルを与えるのかも気になるところだな。単純にたんぱく質の補給源として考えるなら、コオロギなどの昆虫食開発に取り組んでいるベンチャーも増えているね。
用語集
バクテロイデス・プレビウス
腸内細菌の一種、海藻の食物繊維を分解する遺伝子を持っていて、日本人の腸にだけ存在することが、フランスの研究者により明らかにされ『Nature』にも掲載された(https://www.nature.com/articles/nature08937)
人工甘味料
人工甘味料
日本とアメリカで認可されている人工甘味料はサッカリン、スクラロース、アスパルテーム、アセスルファムカリウム、ネオテームの5種類。すべて、異なる化学合成で作られる。
聞きたいことって何かな?