年を取ると弱くなってしまうのか
あれは組み手稽古というんだ。試合ではないけれど、実際に相手と技を出し合う稽古だな。
稽古っていうけど、実際に突いたり蹴ったりしてなかった?
そりゃ相手に当てないと稽古にならないからね。もちろん手加減するというか、当てる瞬間には力を抜いている。そうしないとケガするからな。
相手の人は、ずいぶん若かったよね。
そうだな、年齢でいえば私の半分以下、まだ20歳代じゃないかな。
そんな人と、真剣にやりあったら絶対に勝てないよね。
それはどうかな。
でも、相手の人のほうが体も大きかったし、手足も太くて力が強そうだったよ。それに比べたらタケGはもうお年寄りだから、力も弱いんじゃないの。
確かにあの人と腕相撲をしたら勝てないだろうな。ルールを守ってやる空手の試合でも、だめだな。きっと負けてしまうだろう。
それじゃ、ダメじゃないの?
そうとは限らないのが、武術のおもしろいところだよ。そもそも武術としての空手は、身を守るための技術、わかりやすくいえば生き残るための技だ。生き残るためと考えれば、試合のルールでは禁止されている技も使う。今の世の中ではまずありえないけれど、生きるか死ぬかの瀬戸際になったときには、どんな手段を使ってでも生き延びないとだめだろう。
そんな話、ちょっとこわいなあ。
ごめんごめん、おどかすつもりはないんだよ。でも、筋力だけが強さの基準ではないんだ。今朝のように人との稽古を長い間続けていると、相手の動きがわかるようにもなるからな。体を鍛えるだけじゃなくて、頭も使って強くなるんだよ。
世界が変わると、強さも変わる
空手をしているタケGは、若い人には力では勝てないけれど、生き残る技術では負けないかもしれないんだって。たしかアツモンも弓をやってたよね。
弓道も上手い下手に年齢は関係ないと思うよ。単に弓を引く力だけで勝負が決まるのなら、筋トレをたくさんすればいいわけだけれど、そんな単純なものじゃないからね。大正時代にドイツから日本にやってきて、弓道を修行したドイツ人がいるんだ。オイゲン・ヘリゲルという人だけれど、この人が『弓と禅』という本を書いている。
ドイツの人が大正時代に弓道を習ったの。きっと体も大きかったから、力が強かったんだろうね。
でも『弓と禅』には力のことなど、まったく書かれていないんだ。タケGの空手と同じように、弓道も力の強さを競う武道ではないからね。
武道って不思議ね。私の友だちにも空手を習い始めた男の子がいるんだ。その子は体も小さい方だし、とてもおとなしくてやさしい子なんだよ。そんな子なのに、空手の稽古は楽しいんだって。
たぶん、自分が変わっていくのを、なんとなくだけど感じているからじゃないかな。私も高校生のときに弓を習い始めた頃は、稽古をするたびに発見があっておもしろかったよ。自分の体、あるいは自分自身といえばいいのかな、とにかく変化している実感があったことを覚えている。
弓道でも空手でも同じだと思うけど、何か1つ“自分はこれができる”という強みを持っていると人と争わなくなる。そんな話を聞いたことがありますね。
そりゃそうでしょう。人に向けて弓を放ったりしたら、とんでもないことになるじゃない。
もちろん、そんなことは絶対にしないけれどね。
でも強くなるって不思議だなあ。それって一体どういうことなんだろ。タケGやアツモンの話を聞いていると、強くなるために稽古をするわけでしょ。でも稽古をして強くなったら、その強さを人と改めて競い合ったりはしなくなる。なんだかよくわからない世界の話みたい。
人間と動物の関係を考えてみてもいいのかもしれないな。
どういうこと?
人間も昔は動物と命がけで戦ってきたわけだろ。そしていつしか人間は強くなり、動物と戦う必要などなくなった。今では動物は人間にとって戦う相手ではなくて、愛すべき存在になってるじゃないか。
確かに、パンダさんなんてかわいいよね。
でも、そのかわいいパンダさんのいる檻(おり)の中に入りたいとは思わないよね。
それはちょっとパスしたいな。
つまりは、そういうことよ。もちろん人は力ではパンダにはかなわない。でも、人はパンダと仲良くなれるよね。
実は弱くてもいいのでは?
さっきは地球を調べに来たって言ったけど、詳しく言うと、地球に僕らが住めるのか、人間と一緒に暮らせるのかを調べに来たんだ。
どういうこと?
サイエンスイ星人は、喜びや充実感とかがないんだよ。だから、生物としての進化とか発展とかに興味がなくて、このままだといずれ衰退していくんじゃないかって思ってたんだ。でもある時、地球のことを聞いたんだよ。人間は100年しか生きられないのに知能も高く、感情も豊かで、どんどん進化していると聞く。ぜひ自分の目で見てみたいと思って。
それなら地球で一緒に暮らせばいいじゃない。私はライフくんといると楽しいよ。
僕もそう思った。地球人って、みんなやさしいよね。僕みたいな生き物も受け入れて親切にしてくれる。僕らは地球の人とかたちもぜんぜん違うのにね。僕らは人間よりうんと長生きできるだろう、でも長生きできる理由は、実は僕らがとても弱いからなんだ。
それって逆じゃないの。弱かったら長生きなんてできないと思うけれど。
弱いから、何度も生き返るように、それこそ地球の言葉でいえば「進化」したんだよ。僕はハヤモンやアツモン、ドクターケイみたいに賢くはないけど、何しろ長く生きているから、いろいろ経験して知っていることがたくさんある。なかでも1番大切にしているのが、争わないことなんだ。僕なんかカホちゃんみたいな女の子とケンカしても、すぐに負けちゃうからね。
私はライフくんとケンカしようなんてちっとも思わないけど。
そう思ってもらえるように生きてきたというか、だからこういう姿に進化したんだと思うよ。
これまで人間の歴史についていろいろ教えてもらったよね。たぶん大昔の人間って、すっごく弱かったんだよ。でも、なぜか、いつの間にか、地球は人間の星みたいに思っている人が多いんじゃないかな。でも、本当にそうなのかな。
争わずに、強くなればいい
強くなる、強くなりたいと思う気持ちは大切、でも強くなるのは誰かと争うためじゃない。
なんだか哲学者みたいなことをいってるね。
哲学者って、よくわからないけど。
人生とか、生き方について考える人だよ。人は何のために生きているのか、なんて問いを立てて、その答えを一生をかけて探すみたいなね。
前にタケGが、生きることは○○だ、みたいな話をしてくれたのを思い出した。なんていったのか、そのときは意味がわからなかったから、覚えていないんだけど。
それならたぶん「よく老いることだ」じゃなかったか。
そうかもしれない。でも、よく老いるといわれても、私にはなんのことだかわからない。
そりゃ、カホちゃんの年齢で老いる意味がわかったりしたら、それは逆にとんでもないことだよ。でも、人は年をとる生き物だし、年を取ればいろいろ衰えていく。五感が衰える話は前にしたでしょう。五感だけじゃなくて、筋肉も落ちていくしね。
それって弱くなっていく、ということなの?
必ずしもそうとはいえないんじゃないか。タケGは若い人と空手をしても、負けない自信があるっていってたんだろ?
弓道も年齢は関係ないし、勝ち負けも基本的には関係ないなあ。たしかに試合もするけれど、そのために稽古をしているわけではないからね。
強くなるって、どういうことなんだろう。ライフくんは、強くなりたいとか思ったりしないのかな?
僕らは強いとか弱いとか、そもそも考えないんだよ。そこが地球の人たちと僕らの違いで、何度でも生き返ることができると、生きることについての考え方が根本的に違うのかもしれない。
じゃあもしかして、私たちも死ななくなったら、考え方が変わるかもしれないね。
死ななくなるのは、今のところ不可能だと思うけれど、寿命を延ばせる可能性はありそうだよ。120才ぐらいまでは健康に長生きできる、という最新の研究もあるようだから。
120才ってことは、私の人生は、まだ100年以上あるわけだ。そんなに長生きして、何するんだろう。
もし120才生きられるとしても、僕にとってはほんのちょっとの間だよ。長生きするとおもしろいことがいっぱいあると思うよ。
・もしかすると人間という生き物は、死ぬまで強くなり続けるのか
・生きるとか、死ぬって、そもそもどういうことなんだろう?
今朝、若い人と空手をやってたね。