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地球上で生物が誕生したのは、約38億年前といわれています。
最初の生物は単細胞と考えられており、その後にこれも単細胞の真正細菌と古細菌が誕生しました。
それから生物は絶え間ない進化を経て、今に至っています。
この間、驚くべきことに最初の生物から私たち人類に至るまで、
38億年にも渡って脈々と受け継がれているものがあります。
それがセントラルドグマ、遺伝情報がDNAからmRNAへと転写され、
mRNAからタンパク質へと翻訳される原則です。
植物や動物、単細胞あるいは多細胞の別を問わず、
およそ地球上の生物は、すべてセントラルドグマに従っています。
では、セントラルドグマは、どのようにして成立したのでしょうか。
これは生命の起源につながる問いです。

命を長く受け継ぐために

遺伝子に定められた体質を、完全に変えてしまうのはおそらく不可能です。けれども、エピジェネティクスが遺伝子のスイッチとして働くことと、そのメカニズムが明らかにされてきました。
環境や生活習慣などを意識的に変えてスイッチを切り替えれば、自分の意志で運命は変えられるのです。では、健やかに少しでも長く生きるためには、何を心がければよいのでしょうか。世界的に進む高齢化の中で、健康長寿は最も関心の高いテーマの1つであり、新しい研究成果が次々と出されています。ここでは、その中から遺伝子に関係する知見を紹介します。

長生きが続くタケGの家系

タケGはいつも元気に空手をしているけれど、一体今いくつになったの?

私は、もうすぐ70歳になるところだよ。

えぇ~っ、ほんとに? それってかなりびっくりだ。70歳といえば、私のおじいちゃんと同じぐらいの歳になるよ。それなのにこの間も空手の稽古を若い人としていたでしょう。よくあんなに素早く動けるね。

それは若いころから稽古を続けてきたからだと思うよ。長年稽古を続けていると、自然に体が動くようになるんだ。わかりやすくいえば勝手に動く、といったほうがいいかもしれないな。相手の動きに反応してから、頭で「右手を出そう」とか「左足で蹴ろう」などと考えたりはしていないからね。

反射的に身体が動くんだ、それなら速いよね。もしかするとタケGのお父さんも、タケGみたいに元気な人だったの?

研究者にしては、体は強い方だったと思う。特に体を鍛えたりはしていなかったけれどね。ただ早寝早起きは守っていたし、少しぐらいの距離なら交通機関をできるだけ使わずに歩いていた。あと朝食は食べないほうが体に良いといって1日2食を続けていたね。それもいわゆる素食で、白いご飯や肉はあまり食べずに、野菜と魚を中心とした食事だった。

そのごはんって、タケGも同じものを食べてきたの?

そうだな。さすがに子どもの頃は朝ごはんと学校の給食、そして晩ごはんの3食をきちんと食べさせてもらっていたけれどね。成人してからは、家族揃って同じものを食べていたな。あと、父親は毎朝起きると、上半身裸になって庭に出ていき、体操をして水を絞ったタオルで身体を拭いていた。真冬でも同じようにやっていて、私が子どものときは「どうして寒いのに、あんなことやるんだろう」と不思議に思ったものだ。

あれ?でもそれって、タケGが同じように朝、シャツを脱いで身体を水で拭いているのを見たことがあるよ。

そうなんだ。成人式の日に父親から渡された書面があってね、そこには先祖代々、我が家の男性が続けてきた習慣というか決まりだね、つまり20歳になったら私もやらなければならない項目がいろいろ書かれていたんだよ。その中に朝の体操も含まれていた。もしかすると、そのおかげで、私の父親やおじいさんから先祖代々も含めて、うちの家系では平均寿命が55歳ぐらいの時代でも、70歳とか80歳ぐらいまで長生きする人が多かったのかもしれないな。

 

長寿遺伝子のスイッチを入れる

タケGに聞いたんだけれど、タケGの家系では昔から長生きする人が多かったんだって。それも歳をとってからも病気になったりせずに、元気に過ごしながら長生きしたそうだよ。

長生きする家系というのは、確かにあるからな。タケGの家系もきっとそうなんだろうな。

タケGも成人式の日から続けているそうなんだけど、タケG家では20歳になったら、いろいろ守らなければならない決まりごとがあったそうよ。食事は1日2回で朝ごはんを食べないとか、野菜とお魚をたくさん食べる。早寝早起きで朝起きたら、外に出て体を動かすとか。これを毎日続けるのって、すごいよね。

でも、そのタケGがやっていることは、最近いわれている「健康長寿のために良いこと」ばかりじゃない。どれぐらい前からタケGの家では、そういう習慣があったのかしら?

タケGもよくわからないらしいけれど、成人式の日に渡された書面とは、先祖代々伝わるもので、何百年か経っていたんだって。

だとすれば、もともと長生きする家系だったところに、さらに長寿のスイッチが入るような習慣をずっと続けてきたことになるね。だから、タケG家では、子孫たちもずっと長寿の遺伝子が受け継がれていった。もちろんタケGのご先祖の時代には、今のように科学は発達していなかったけれども、経験的な知恵の蓄積があったということなんでしょうね。

もしかすると、タケG家の人たちは、いわゆる長寿遺伝子のスイッチが入りやすい体質なのかもしれない。

長寿遺伝子って、もしかすると長生きにつながるもの?

そうね。人がいろいろな遺伝子を持っていることは、カホちゃんも知ってるでしょう?その遺伝子の中には、人の寿命を伸ばしてくれるものもあるのよ。代表的なのがヒストンなどに作用してエピジェネティクスを制御する「サーチュイン」と呼ばれる遺伝子グループで、この遺伝子が失われると寿命が半分になり、グループの一つのsir2と呼ばれる遺伝子の働きを強くすると、寿命が40%ぐらい伸びたという研究報告もあるの。もっとも研究で使われた対象は人ではなくて、酵母だけれどね。

さっきカホがいってた、タケG家では1日2食というのも、カロリー制限によってsir2のスイッチを入れていた可能性がありそうね。

サーチュイン

 

スイッチを入れるのか、それとも切るのか

タケGの家系の話、長寿の話題で盛り上がったらしいね。

どうも長生きの家系だという話から、どうして長生きなのかと考えてみたんだ。カホから聞いた話を踏まえるなら、タケG家では最新の研究成果でわかってきた健康長寿のために良いことを、昔から自然に暮らしの中で採り入れていたようだった。

1日2食のカロリー制限によりサーチュイン遺伝子を活性化させるなんて、21世紀になってようやくわかってきたことを、何百年も前からやっていたというからすごいですよね。しかも朝食抜きということは、オートファジーを活性化させるための16時間断食を毎日やっていたわけでしょう。

寿命を伸ばす遺伝子のスイッチを入れるだけじゃなく、もしかすると老化を進める遺伝子のスイッチを切る生活習慣も、何かやっていたんじゃないかな。よく知られているのがAGE1、DAF2,DAF16などで、これらの遺伝子は機能を抑えると寿命が伸びるよね。

確かに遺伝子の中には、スイッチを入れると長寿化に働くものがあり、逆にスイッチを切ることで長寿化に向かうものもありますね。

その意味では、脳の老化を制御するRESTがあるな。RESTは壮年期までのヒトの脳では発現が低いのに対して、健常な高齢者では発現が高くなる。一方でアルツハイマー病などを患っているヒトの脳では発現が低くなっている。

マウスではRESTを欠損させると、加齢に伴う神経変性を起こすことも明らかにされている。おそらくRESTは、本来なら長寿に向かう働きを持っている遺伝子であり、何らかの変異によって活性が落ちると老化に向かうのだろう。

オートファジー

https://www.nature.com/articles/nature13163

 

長寿効果については、免疫抑制剤のラパマイシンも研究対象として関心を集めていますね。

マウスの実験ではラパマイシンを投与すると寿命が伸びたと、そんな実験結果が報告されていたね。ただ、ラパマイシンを投与するとmTORが阻害されるけれど、ここは少し厳密に考える必要があるようだ。

つまりラパマイシンには逆説的な効果があり、カロリー制限効果があると同時に、インシュリン耐性になるともいわれている。

これはラパマイシンの効果を、mTORC1とmTORC2にわけて細かく調べた結果わかったんだ。その結果、ラパマイシンによってmTORC1を阻害すると延命効果があり、逆にmTORC2の阻害は老化を促しかねない。

https://www.science.org/doi/abs/10.1126/science.1221365

 

そこでmTORC1だけをターゲットにした化合物開発が進められているわけですね。

 

 

健康長寿は永遠の願い

化合物開発といえば、つい最近Amazonの創始者ジェフ・ベゾスが研究所「Altos Labs」に投資したとニュースに出ていたね。

この研究所はカリフォルニア、イギリスと日本にもラボを開設して、遺伝子のリプログラミングを研究するようだ。

https://www.thetimes.co.uk/article/jeff-bezos-funds-the-quest-for-eternal-life-h2jgkfz85

 

狙っているのは細胞の若返りで、最終的には人間の長寿化を視野に入れている。プロジェクトにはiPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥先生も参加するそうだ。記事ではベゾスが、ほかにも老化関連の企業を支援していると書かれていた。いかに老化を防ぐのか、これは人類共通のテーマと言えるんだろうな。

ヒトゲノムプロジェクトが終了して以降、たとえばシークエンサーがとてつもないスピードで進化していますよね。その結果、どんどん新しい発見が発表されている。寿命を伸ばす遺伝子がいくつも見つかり、そのスイッチを入れる化合物もわかってきた。カロリー制限によるオートファジー活性化などもその1つですね。

いわゆるセンテナリアンのゲノム解析から浮かび上がってきたのが、アルツハイマー病の遺伝子として知られるAPOEだ。APOEにはAPOE2、APOE3、APOE4の3つがあり、このうちのAPOE4がアルツハイマー病を引き起こす因子として知られている。一方でマウスによる実験では、APOEを欠損すると動脈硬化を起こすリスクが高まったとの報告もある。

APOEも二面性を持つわけだね。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1423598/

 

ひと口にAPOEといっても、異なる機能を持つわけですね。あと薬では糖尿病治療薬のメトホルミンに抗老化作用があるという報告もあるじゃないですか。いまアメリカで研究が進められていて、結果次第ではFDA(アメリカ食品医薬品局)がメトホルミンを老化抑制の薬剤として承認する可能性もあると聞きました。

「老化細胞を除去する薬が発見された」とセンセーショナルなタイトルの記事で報道されていたのが、東京大学の中西真教授の研究だ。この研究ではグルタミン代謝に関係している遺伝子GLS1に注目して、その働きを止める薬剤を見つけた。これを投与すると、老化細胞が除去された。もちろん、まだマウスレベルの実験結果だけれど、今後ヒトに応用できる可能性はある。

https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00065.html

抗老化作用で知られるNMNの効果を示す実験結果も次々と明らかになっていますよね。テロメアを伸ばすテロメラーゼの研究も進められていて『老いなき世界』の実現も、決して夢物語じゃない。そんな期待が持てますね。

 

ハヤモンの心の中にわいた疑問

生命の起源が謎であり、その謎が解き明かされるにつれて、生命を延ばす方策も、少しずつだけれど明らかになってきた。ラパマイシン、メホトルミンなどに加えて、NMNも有望な物質とし認知されつつある。生命科学が進歩していけば、人類の寿命に対する考え方が、一変する可能性も期待できそうだ。

 

 

<用語集>

サーチュイン

長寿遺伝子または長生き遺伝子、抗老化遺伝子とも呼ばれ、その活性化により生物の寿命が延びるとされる。食事やカロリー制限によって活性化されるほかにも、赤ワインに多く含まれるポリフェノールの一種、レスベラトロールによって活性化される。

オートファジー

細胞内分解機構の一つであり、細胞質成分をリソソームに輸送し分解する。オートファジーのメカニズムの発見に対して、2016年大隅良典博士にノーベル生理学・医学賞が授与されている。

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