02
02
地球上で生物が誕生したのは、約38億年前といわれています。
最初の生物は単細胞と考えられており、その後にこれも単細胞の真正細菌と古細菌が誕生しました。
それから生物は絶え間ない進化を経て、今に至っています。
この間、驚くべきことに最初の生物から私たち人類に至るまで、
38億年にも渡って脈々と受け継がれているものがあります。
それがセントラルドグマ、遺伝情報がDNAからmRNAへと転写され、
mRNAからタンパク質へと翻訳される原則です。
植物や動物、単細胞あるいは多細胞の別を問わず、
およそ地球上の生物は、すべてセントラルドグマに従っています。
では、セントラルドグマは、どのようにして成立したのでしょうか。
これは生命の起源につながる問いです。

残りの98%はゴミか
それとも宝物なのか

地球上に初めて生物が誕生して以来ずっと、今に至るまで生命は脈々と受け継がれ続けてきました。
第1話では、その生命誕生の謎を取り上げました。ヒトの全ゲノム解読自体が、わずか20年ほど前の出来事であり、生命の誕生だけでなく生命を受け継ぐ仕組みについても、実は謎だらけといってもよいのが実状です。
けれども生命科学は急速に進歩し、今も恐ろしい勢いで進歩を続けています。裏を返せば、生命科学には未解決のテーマが、それだけ多くあるわけです。そんな中でDNAの謎が、少しずつ明らかになりつつあります。

DNA30億塩基のうち、遺伝情報はわずか約2%

考えてみれば、生命って不思議ですよね。そもそも「生命」って何なのかと突き詰めれば、定義そのものもいろいろあるじゃないですか。よく引き合いに出されるのがNASAの定義で「Life is a self-sustained chemical system capable of undergoing Darwinian evolution(生命とは、ダーウィン進化の可能な自己維持的な化学システムである)」ですね。

他にもいろいろあるけれども、だいたい共通しているのが「進化できる」点と「エネルギーを使って自己管理できる」点だな。ほかにも「膜を持つ」「自己複製する」「代謝する」などの定義もある。ただしいずれも、あくまでも地球上での生命を対象にした考え方だ。その意味では、突然現れたサイエンスイ星人のライフ君の生命システムがどうなっているのかは興味津々だけれど。

ライフ君には、いずれ徹底的なリサーチをさせてもらうとして、ヒトについてもわからないことだらけでしょう。

確かにヒトを構成する細胞の数1つとってみても、以前は100兆ぐらいといわれていたのが、いつ頃からか60兆ぐらいとするのが一般的になり、2013年に37兆個と推定する論文が発表されて以来、今では一応それが定説とされているね。

この論文では、過去の論文から細胞数に関するデータを集め、さらに顕微鏡の細胞像や体内の器官の画像データなどを元に体積を計算して推定している。もちろん論拠はあるけれども、「実際に全数を数えたわけではないだろう」といわれると反論できないね。

https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.3109/03014460.2013.807878

 

私にとって何よりの謎だったのは、DNAなんです。DNAの総塩基数は通常の細胞なら60億もあるのに、遺伝情報に関わるのは、そのうちのわずかに2%といわれてきたでしょう。それなら、残りの98%は一体何のためにあるんだろうって。DNAのような複雑な構造をつくっておきながら、そのほとんどすべてがムダで使われていないというのは謎すぎますよね。

だから最先端の科学でも注目の領域になっているよね。そこで遺伝子工学の発達とともに、いろいろな新事実が明らかになってきているわけだ。

 

明らかになりつつある残り98%の重要な機能

たとえば、これまでなら「体質」のひと言で片付けられていた個人差が、残り98%のDNAに関わっていると、そんな事実が明らかになりつつあるね。

ひと昔前は「ジャンク(=ゴミ)DNA」などと呼ばれていた、残り98%の部分にも、実は重要な役割を担っている可能性が出てきていますよね。

100歳以上の長寿者をセンテナリアンというけれど、長寿にもジャンクDNAが関わっているらしいね。実際の寿命については諸説あるけれども、一応これまでのところ人類の最高齢者とされているのがフランスのジャンヌ・カルマンさんだ。彼女は122歳まで生きたけれど、なんと117歳までタバコを吸い続けていたという。

もちろん、タバコを吸えばCOPD(慢性閉塞性疾患)などを引き起こす確率が高くなるわけだけれど、なぜカルマンさんは長生きできたのか。単なる確率の問題とも考えられるけれども、イギリスで行われた大規模な研究によれば、DNAの中にはCOPDから肺を守る働きをするものがあるのかもしれないと報告されているね。

https://www.nature.com/articles/ng.3787

つまりタバコを吸っても、特定のDNAが機能するおかげで体への悪影響を防いでくれる可能性もありうるわけですか?

SNP、つまり一塩基多型にしても、当然だけれど遺伝子の中だけではなく、ジャンクDNAの領域にもたくさん含まれているのだから、それがいろいろな影響を及ぼすことは想像できるよね。そうした成果を踏まえて考え出された用語が「ジャンク」ではなく「トレジャー(=宝物)DNA」だ。実は遺伝子ではない部分のDNAには、計り知れない力秘められていると今は考えられるようになってきているんだ。実際にいくつも研究成果が出てきている。

 

COPDについて

SNPについて

 

実は宝物になるかもしれないゴミ

残り98%のDNAの効用に関しては、コーヒーと心臓病に関する研究結果がある。これによるとカフェインの分解能力も、残り98%の領域のDNAによって決まるようだ。

コーヒーに関しては、1日に3杯程度飲んでいると、健康上のベネフィットを得られるとの研究成果もあるようだ。

https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/202502

 

アセトアルデヒドの分解酵素によって、お酒に強い人・弱い人がありますよね。これと同じようにカフェインを分解する機序が、コーヒーを飲んだときにも働くわけですか。アルコールの場合はジャンクではなく、ALDH2(アルデヒド脱水素酵素)の活性をもたらす遺伝子を持っているかどうかによって、お酒の強い弱いが決まりましたよね。

一方、カフェインを分解する酵素はCYP1A2だ。この酵素の遺伝子に関する変異を持っている人は、コーヒーを飲んでも血圧上昇などが起こりにくい。一方でコーヒーにはカフェインのほかにも、抗酸化物質のポリフェノールが含まれているから体に良い側面もある。

つまり同じようにコーヒーを飲んだとしても、人によりさまざまに異なる効果がもたらされる。そうした違いについても、DNAの実態が詳しくわかってくる前は、たとえば「体質」といったことばで済まされていたんだね。けれども、それらの個人差は、実際には遺伝子ではない部分のDNA、もはやジャンクというより、トレジャーと呼ぶべきDNAにも影響されているというわけだ。センテナリアンに話を戻せば、彼らは長寿に関連した保護遺伝子を持っていて、それが老化を遅らせたり、加齢関連疾患の発現を防いでいるという研究結果も報告されているね。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4691799/

そんな話を聞くとワクワクしますね。これから先、トレジャーDNAを調べていけば、さまざまな病気を防いでくれるものが見つかる可能性があるわけでしょう。生命の力ってすごいなと思うし、だからこそ38億年も生命は受け継がれ続けている。そんな思いが強まりますね。

 

 

ゴミから生まれた特効薬

病気を防ぐ取り組みとしては「レジリエンス・プロジェクト」が進行中だよ。これは約60万人を対象としてゲノム解析を行い、疾患保護因子を特定する壮大な試みだ。TEDでも公開されていたんだが、アメリカにある生物工学研究所セージ・バイオネットワークスを主導するStephen Friend教授が立ち上げたプロジェクトで、いわば逆転の発想でDNA解析に取り組んでいる。

https://www.sciencedaily.com/releases/2016/04/160411134321.htm

TED
https://www.ted.com/talks/stephen_friend_the_hunt_for_unexpected_genetic_heroes?language=ja

疾患保護因子って、要するに病気になる原因ではなくて、病気から守ってくれる要因を探すわけですよね。この発想は、おもしろそう。

これまでの研究では主に、疾患を引き起こすようなDNAの変異を探してきわけだ。けれども、Stephen教授のアプローチは、その真逆だ。健康な人に起きているDNA変異を見つけて、その変異がどのような疾患を防いでいるのかを探求するアプローチだ。

先ほど説明したセンテナリアンが長寿を保てる原因や、タバコを吸っても健康でいられる原因を探る、そんな発想に基づく研究だね。「レジリエンス・プロジェクト」からではないけれど、同じ考え方に基づく画期的な成果として報告されているのが、糖尿病の治療薬「SGLT2阻害薬」でしょう。これも逆転の発想から生まれた薬だよ。

糖尿病の治療薬には従来、血糖値を下げるホルモン「インスリン」が使われてきた。これに対してSGLT2阻害薬は、体内の過剰な糖分をどんどん排出すればいいという考え方で開発されたものですね。

そのヒントになったのが、特殊な遺伝子の持ち主、つまり体内でSGLT2をほとんどつくらない人だったわけだ。SGLT2は、尿細管から血管へと糖を運ぶ物質だ。だから、このSGLT2が働かなければ、血管へ糖が再吸収されなくなり、尿として排出される。その結果として血糖値が下がる。

だからSGLT2をつくらない人のDNAを調べ、その成果を活用してSGLT2阻害薬が開発された。もちろん医薬品として認可されているのだから、SGLT2を阻害しても体に悪影響を及ぼさないことは確認済みだ。そして、SGLT2をつくらないDNAも、DNAの中の遺伝子ではない方、つまり98%組に含まれていたというわけだね。

レジリエンス・プロジェクトでは、エイズにならないDNAや心臓病にならないDNAを持っている人も見つかっている。

やっぱりそうですよね、私たちの体って、とてつもなく精密に組み立てられているじゃないですか。だから、基本的には体のパーツに無駄なものなんてないはずだと思うのですよ。だからこそ遺伝情報と関わらない98%のDNAもずっと受け継がれ続けてきた。これは今後の人類にとって、まさに宝の山だと思いますね。

 

 

ハヤモンの心の中にわいた疑問

DNAの総塩基数は通常の細胞なら60億もある。その中のわずか2%だけが人の生命にとって重要で、残りはゴミというのは、直感的におかしいと思う。そのおかしさの追究によって、科学は進化するわけだ。それにしても残りの98%が解明されるまでに、一体どれぐらいの時間が必要なんだろう?


<用語集>

COPD

COPD(chronic obstructive pulmonary disease:慢性閉塞性肺炎)は、慢性気管支炎や肺気腫と呼ばれてきた病気の総称。タバコの煙に主に含まれる有害物質を、長年吸い込む結果起こる肺の炎症性疾患。

SNP

スニッピと読み、ゲノムDNAの塩基配列が1つだけ、他の塩基に置き換わっている状態を示す。その結果、病気のなりやすさや体質に影響する。

TED

TED(Technology Entertainment Design)とは、世界中の著名人によるさまざまな講演会を開催・配信している非営利団体である。講演会の模様は、TEDのサイトのみならずYoutubeでも公開されている。

カガクマスター シリーズ