アチィ~って、なんか変じゃない?

お母さんっ、あぶない!


えっ!


うわぁ!

あっちっち。あぶない、あぶない。もう少しでヤケドするところだったよ。


あれ?


大丈夫よ、すぐに手を引っ込めたから、ヤケドはしなかった。かなり熱かったけれど。


おかしいなあ。


何が?


私、いまお母さんのすぐ横で見てたからわかったんだけど、ちょっと変なんだよね。


だから、何が変なの?


お母さん、確かにお湯の中に指を少し入れたよね。そして「あっちっち」って声を出したじゃない?


その通りだけど、それのどこがおかしいの?


「あっちっち」と声を出したのは、手を引っ込めてからだったんだよ。


どうした?なんか騒いでるみたいだから見に来たんだけれど。


お母さんがお湯の中に指を入れちゃったの。でもすぐに指を引いたから、ヤケドはしなかったんだけれど、「あち~」って声を出すのが指を引いた後だったんだよね。


それは条件反射と意識の時間差だな。指が熱を感じた瞬間に、小脳で脊髄反射的に行動して指を引っ込めるんだけれど、感じた熱さを脳の別の部分で認識するまでには少し時間がかかるんだ。しかし、時間がかかるといっても0.5秒ぐらいの違いなのに、よく気づいたな。

感覚と脳の関係

※ハヤモン家の晩ごはんの食卓に、アツモン登場。手にはポットをぶら下げている。

こんばんわ。ハヤモン家のディナーにご招待してもらうなんて、とてもうれしいよ。ちゃんとおみやげも用意してきたからね。


何だろう、めっちゃ楽しみ!


このポットの中に入っているのは『特製干しえのき茶』だよ。これが信じられないぐらいおいしいんだ。ちょっとひと口飲んでみて。


えぇ~、干しえのき茶?なにそれ?


まあまあ、ともかくお試しあれ。

(おそるおそる口に含んでみて)あれ!意外に変な味じゃない、というか、おいしいかも。


そりゃ、飲む前に「おいしい」と吹き込まれているからな。


私もひと口、いただこうかしら。どれどれ、香りは良い感じね。あら不思議、確かにおいしいわ。


えのきには、うまみ成分のグルタミン酸が含まれているからね。さらに干していると同じくうまみ成分のグアニル酸も増えるから、おいしいわけですよ。


おいしいって味覚の話でしょう。さっき、お母さんが熱を感じたのも、結局は脳が意識したからだったよね。じゃあ、おいしさも脳で感じているの?


また、すごいことをいうね。味を感じるのは味覚で、味覚は五味、つまり甘味、塩味、酸味、苦味、旨味という話を前にしたよね。基本的には舌の味蕾(みらい)でシグナルを感じるんだけれど、そのシグナルは脳に伝えられて、五味として理解されるわけだ。


味覚が脳で理解されているのなら、目が見えるのも結局は脳で理解しているっていうこと?


そうだよ。音も耳から入ってくるけれども、脳で聞いているというわけだ。


面白そうな話だけれど、今はまず食べることに集中しましょうよ。つくり手としては、せっかくのお料理の味を、しっかりと味わってほしいな。


脳で味わうんだよね。


目でも楽しんでくれるとうれしいな。お料理の盛り付け方とか、お皿の色や形も一応考えているんだから。


うん、ほんとにユッキーの料理はいつもすごい!料理は総合芸術というけれど、五感すべてで感動させてもらってますよ。

音には色がついている?

※食事を楽しんだ後は、居間でみんなで音楽を聞いている。

今日はもう1つおみやげがあるよ。カホちゃんが気に入ってくれるといいんだけれど。ドビュッシーのピアノ曲集を持ってきたんだ。ほら、どうかな?


とてもきれいな曲ね、ゆったり流れる感じで夢を見ているみたい。なんか気持ちがやさしくほぐされていく感じ。


すごいな、その感覚。これは『Rêverie』という曲で、日本語ではまさに『夢』と訳されているんだ。ところでカホちゃん、いまとても「きれいな」曲といったよね。きれいって、どういうこと?


目を閉じて聞いていたら、とってもきれいな色が浮かんできたの。


ほんとか?


それって、もしかすると共感覚だね。


まさか、カホが共感覚を持っているとは思わなかった。


私は何となくそうかもしれないと思ってたわ。


ちょっとちょっと、私のことで勝手に盛り上がらないでよ。なんなの、その「キョウカンカク」って。


カホちゃん、ちょっと目を閉じてみて。そして頭の中でピアノのドレミファソラシドを弾いているつもりになってほしいんだ。


あぁ~、色を見るやつね。私、大好きだよ。きれいな音には、きれいな色がついているから。


やっぱりそうか。じゃあ、もう1つ変なことを聞くけれど、数字に色がついて見えたりはしないかな?例えば数字の1を見ると、赤色が頭に浮かぶとか。


それはないな。


共感覚とはね、カホちゃんのように、音を聞いたら色が浮かぶような現象をいうんだよ。文字や数字に色がついて見える人もいれば、逆に色を見ると音を感じる人もいる。みんながそうだというわけじゃなくて、何万人かに1人とか、20~30人に1人ぐらいはいるのじゃないかといろいろな説がある。曜日に色を感じる人もいるらしいよ。


もしかしてカホには絶対音感もあるのかな。


それは考えたことないなあ。


「ゼッタイオンカン」?


ピアノでどれかキーを押さえると、音がするよね。その音を聞いただけで、これは「ド」だとか「ファ」だとかがわかる能力だよ。音楽家の多くは、この感覚を持っているんだ。


生まれつきということ?それぐらいなら、私もわかるよ。学校で音楽の時間に、先生が弾いてくれるオルガンの音を聞いていたら、だいたい何の音だかわかるもん。

それが絶対音感だよ!

感じるから、動く?

カホちゃんは感受性が豊かなんだと思うよ。さっきドビュッシーを聞いているときも、自然に体が少し揺れていたよね。見ていると、音楽と合うような感じで動いていた。


小さい頃から勘は鋭い方だったよね。


そうかな、人と比べたことがないからわからないな。


キャンプに行って、森の中にテントを張ってじっとしているのが好きだろう。あれは、どうしてかな?


まわりにいろいろな生き物がいるような感じがするの。うまくいえないけれど、自分が1人ぼっちじゃないんだって感じかな。


カホは食べるものにも敏感だけど、自分で気づいていた?


うまく言葉にはできないけれど、まずおいしいかどうかはわかるよ。そして、おいしさにはいろいろな味の違いがあることもわかるかな。それこそ、アツモンが持ってきてくれた干しえのきのお茶は、お母さんがつくってくれる、おいしいお味噌汁に似ていた。


カホちゃんは、音楽家になれそうだし、料理人にも向いていそうだね。味の感覚もおそらくは鍛えればどんどん鋭くなるだろうから。


この間、五感の話をしていたよね。

じゃあ、視覚とか聴覚、あるいは体性感覚だったっけ、それらも鍛えることができるのかな?


視覚もいろいろな要素に分解できるからな。視力そのものを良くするのは難しいけれど、動体視力といって動いているものを見る力は、訓練すればある程度鍛えられる。


それこそ、隣のタケGが毎朝、空手の稽古をしてるでしょう。あれも身を守るための感覚、正確にいえば小脳を鍛えているのだと思うよ。


それ、昔の映画で見たことがあるなあ。たしかブルース・リーというカンフーの達人が“Don't think! Feel”といってた。


武道の世界では、一瞬で勝負が決まる。だからいちいち考えていたら間に合わないだろうね。だから考えずに体を動かす感覚を磨くために型の稽古をしたり、ときには滝に打たれて、あえて体をじっと動かさずに保つ訓練などもするんじゃないかな。


感覚を鍛えて良くすることができるのなら、私は、味覚をもっともっと良くしたいなあ。


だったら、お母さんはもっともっと料理の腕を磨かなきゃだね。カホにいつまでも「おいしい」ご飯を食べてもらいたいものね。

 

・人間は感じたことを脳で意識しているらしい
・五感はすべて脳につながっている
・カホちゃんは、ちょっと特殊な感覚を持っているようだ

カホちゃんのギモン シリーズ